第八十五回
2025年、期待のジャズ・アーティスト

2025.02.01

文/岡崎 正通

21世紀の4半期が早くも過ぎようとしている今日、音楽の流れも目まぐるしい変化を遂げているが、もちろんジャズの世界にも新しい才能が次々に台頭。情報化が進むのに対応するかのように、ジャンルや国境を超越した未知の響きが生み出されていっている。そんな2025年に大いなる活躍が期待される、新世代の精鋭プレイヤーにスポットを当ててみたい。

♯277 ジャズ・ピアノの新しい響き

SANKOFA/Amaro Freitas

「SANKOFA/Amaro Freitas」
(Far out recordings FARO225 LP)

昨年に2回の来日も果たして大きな注目を集めるようになったブラジル人ピアニスト、アマーロ・フレイタスによる2021年のトリオ・アルバム。彼のルーツであるブラジルの民族音楽やアフリカだけでなく、枠を超えてポップスやクラシックなどを含めたあらゆる音楽に自由に目を向けながら奏でられる演奏は、これまでのジャズには聴かれなかった不思議な響きをもっている。ちょっと捉えどころのない複雑なリズム・パターン、リズミックなフレーズの反復をバックに奏でられる即興は、ミニマル・ミュージックの延長のようでもあるが、けっして無機質なものでなく、どこか伝統に根を張りながらもエキサイティングな高みを目指してゆくような興奮がある。

トリオ結成以来のメンバーであるジーン・エルトン(b)ウーゴ・メデイロス(ds)との息の合ったコンビネイションによって生み出される大胆かつスリリングな展開。“亡きチック・コリアの思い出のために”とクレジットされているのは、チックから受けたインスピレイションの大きさもさることながら、思うような自己表現ができたというアマーロの自信の現れでもあるだろう。多彩なゲストを加えた2024年の新作「Y’Y」を選ぼうとも思ったが、まずはアマーロのピアニスティックな個性が滲み出る本トリオ・アルバムをお聴きいただきたい。

♯278 伝統を縦断するエメット・コーエンの演奏

ヴァィヴ・プロバイダー/エメット・コーエン

「ヴァィヴ・プロバイダー/エメット・コーエン」
(Mack avenue ⇒ キング・インターナショナル KKJ-246)

エメット・コーエンのピアノを聴いていると、100年以上にわたるジャズ・ピアノの歴史を易々と行き来しながら、自由な幻想の世界に遊んでいるような気分にさせられる。伝統を隠し味のように使って、まばゆいばかりのテクニックとともにヴィヴィッドな今日のジャズを聴かせてくれるエメット。1990年にマイアミに生まれて、ニューヨークの最前線でプレイをおこなってきたエメットは、コロナが始まった2020年春から“Live from Emmet’s Place”の名のもとにライブ・ストリームを配信。記録的な再生回数を獲得した。

ここではトリオ演奏が中心になっているものの、そのストリームにしばしば参加していたブルース・ハリス(tp)やティヴォン・ペンニコット(ts)も3曲に参加。アルバムは、いわばストリームを一歩進めたような内容になっている。1920年代から活躍したストライド・ピアノの名手、ウィリー・ザ・ライオン・スミスに捧げた<ライオン・ソング>をはじめとするオリジナルと、おなじみのスタンダード曲がバランス良く並んでいて、<Surrey with The Fringe on Top><Time on My Hands>のようなスタンダード曲が、さりげないアレンジとともに新たな意匠をまとって演じられるのも嬉しい驚きだ。

♯279 現代ジャズの響きに酔える“オールスター・クインテット”の音楽

モーションⅠ/アウト・オブ/イントゥ

「モーションⅠ/アウト・オブ/イントゥ」
(ブルーノート UCCQ-1215)

ブルーノート・レコードが昨年、85周年を迎えたのを期するかのように、現在のブルーノートを代表するミュージシャンが勢揃い。いわば気鋭の“オールスター・クインテット”と呼べる性格をもっているバンドが“アウト・オブ/イントゥ”。もっともリーダー格のジェラルド・クレイトン(ピアノ)、マット・ブリューワー(ベース)、ケンドリック・スコット(ドラムス)は若手でなく、それぞれが今世紀の初めから第一線で目ざましい活躍を続けてきている。フロントに位置するイマニュエル・ウィルキンスは現在27才で、10年前にフィラデルフィアからニューヨークに出てジュリアード音楽院で学んだ逸材。2020年の初リーダー作「Omega」を皮切りに、すでにブルーノートから3枚のリーダー・アルバムを出している。ヴィブラフォーンを弾くジョエル・ロスも29才。ブルーノートには2019年の「KingMaker」から4枚のアルバムがあって、すでに2枚(♯79♯190)を本コラムでも紹介してきた。

“バンド名にはブルーノートの遺産と僕たちのサウンドの進化が反映されている”とドラマーのケンドリック・スコットが言っているように、ここには過去のブルーノートのスピリットを継承しながらも、未来に向けた新しいジャズの響きを生み出してゆこうとするメンバーの強靭な意思が現れている。そしてどこかにセロニアス・モンクやエリック・ドルフィー、ウェイン・ショーターらの影がよぎる。ひとりひとりが強烈に自己を主張しながらも、バンドとしての一丸となったグルーヴが感じられるのは、おそらく全員が力強く未来に向かってゆくスタンスを持ち合わせているからだろう。演奏される曲も、メンバーが持ち寄ったオリジナルばかり。屈曲したテーマのラインから超個性的なソロがリレーされる<オファーリー>。甘さに流れることのない凛としたバラードの<セカンド・デイ>。ジョエル・ロスのヴァイブが疾走する<シンクロニー>をはじめ、フレッシュな現代ジャズの響きに酔える一作だ。

筆者紹介

岡崎正通

岡崎 正通

小さい頃からさまざまな音楽に囲まれて育ち、早稲田大学モダンジャズ研究会にも所属。学生時代から音楽誌等に寄稿。トラッドからモダン、コンテンポラリーにいたるジャズだけでなく、ポップスからクラシックまで守備範囲は幅広い。CD、LPのライナー解説をはじめ「JAZZ JAPAN」「STEREO」誌などにレギュラー執筆。ビッグバンド “Shiny Stockings” にサックス奏者として参加。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン理事。