1950~60年代にかけて、ジャズの名門レーベルとして広く知られてきたブルーノート。その後、さまざまに経営の形が変わったものの、いつの時代にも魅力的なジャズの姿を発信し続けてきたことには変わりない。ロバート・グラスパーのようにジャズ=ヒップポップの感性を加えた新しいサウンドを推し進めるスターも生まれたが、もちろんオーセンティックな形のスピリットを継承しながら、今日のジャズを演奏するプレイヤーも数多い。そんな現代のブルーノート・サウンドを代表するプレイヤーたちの、いくつかの新作を紹介したい。
ジャズ・ヴィブラフォーンの新星、ジョエル・ロスについては2020年1月(♯79)に、すでに紹介している。そんなジョエル・ロスのブルーノートからの3枚目になる「The Parable of Poet」。前2作のコンセプトの拡大版というべき8人編成のバンドによるもので、ホーン楽器も4本加えられている。<Prayer>(祈り)から始まり、<Benediction>(祝祷)に至る7つのオリジナルは、全曲が組曲のような構成をもっているものの、それぞれの曲が豊かな情感にいろどられていて、ふつふつと湧き上がるようなエモーションが凄い。
多層的にハーモニーが重なってくる<Guild>。もの哀しげなホーンのハーモニーをバックに、タイトルどおりイマニュエル・ウィルキンスのサックスが泣き叫ぶ<Wail>。悲しみから希望へと歩む<The Impetus>では、トロンボーンのカリア・ヴァンデヴァーが印象的なソロを聴かせている。アンサンブルの奏でるメロディーとソロとが一体に融け合う中からリーダー、ジョエル・ロスのプレイが浮かび上がってくるのが、じつにスリリング。そしてアルバム全体を覆いつくしているスピリチュアルな統一性。どんな場面であっても、ロスの一音一音が演奏に緊張感をもたらしてゆくあたりに、彼の強烈なリーダーシップが強く感じられる素晴らしい一枚である。
現在84才になるベテラン・サックス奏者のチャールス・ロイドについても2019年5月(♯47)に触れている。まさにワン・アンド・オンリーというべき枯淡の表現を聴かせてきたロイドであるが、近年の彼のプレイはますます深味を増してきているようだ。「Trios:Chapel」は“トリオ・オブ・トリオズ”と名付けられた彼の最新プロジェクトの第一弾。ロイドはメンバーの異なる3種類のトリオ演奏をリリースすることになっていて、このあと「Trios:Ocean」「Trios:Sacred Thread」が予定されている。
このアルバムはギタリストのビル・フリゼール、ベースのトーマス・モーガンを従えた編成で、これまでもロイドが演奏し録音してきた5曲を、さらに深く掘り下げてみせる。シンプルなようで人生の奥行きを感じさせる、瞑想にも似た響き。フォーク的な肌合いをもつフリゼールのギターが、ロイドのテナー・サウンドに広がりを与え、モーガンのベースがしっかりとビートを支える。デューク・エリントン作になる<ブラッド・カウント>のような名曲はもちろんのこと、キューバの作曲家ヴィラ・フェルナンデスが書いた<アイ・アモール>のようなラテン曲も、ロイドがプレイすると深遠な響きをもったものに生まれ変わる。そしてフルートで神秘的な世界が描かれる<ビヨンド・ダークネス>。カリプソ風のテイストをもったオリジナル<ドロシーズ・スタジオ>までが、円熟した響きに生まれ変わっている。2018年暮にサン・アントニオ市のコーツ教会でおこなわれたコンサートのライブで、チャペルの空間性が生かされた響きの美しさも、よく捉えられている。
ちょっと捉えどころのない、弧を描いてゆくようなフレーズが独特の構築美をみせるメリッサ・アルダナのプレイ。そんなメリッサのブルーノートからの最新アルバムが「12 Stars」である。メリッサ・アルダナはチリ、サンチャゴ生まれの女性サックス奏者。2013年に新人の登竜門といわれるセロニアス・モンク・コンペティションで、初の南アメリカ出身のプレイヤーとして優勝して注目をあつめ、2016年にはダウンビート誌で“ジャズの未来を担う25人”のひとりにも選ばれている。
ニューヨークを中心に自身の“クラッシュ・トリオ”やカルテットも編成して、破竹の勢いの活躍を続けているメリッサ。“コロナのパンデミックは、私の音楽に変化をもたらしたと思う。音楽家として停滞するのは許されないので、どうしたら音楽家として成長してゆけるのかを考えながら、積極的に曲を書いていった。私の音楽は、私自身の内面に向かっていったように思う”と彼女が言うように、アルバムの為に書き下ろされた8つのオリジナルは、どこか内省的な色合いを強めるとともに、思索的でもあり、抑制された響きをもつようになった。アルバム・タイトルの<12 Stars>は、彼女が好きなタロット占いの12星座からとられている。クールで知的なエモーションがいっぱいに感じられる演奏の数々。彼女がしばしば共演してきたギタリストのラージ・ルンドがプロデュースを担当。ルンドのギターがバンドのサウンドに大きな広がりをもたらしているのも聴き逃せない。
小さい頃からさまざまな音楽に囲まれて育ち、早稲田大学モダンジャズ研究会にも所属。学生時代から音楽誌等に寄稿。トラッドからモダン、コンテンポラリーにいたるジャズだけでなく、ポップスからクラシックまで守備範囲は幅広い。CD、LPのライナー解説をはじめ「JAZZ JAPAN」「STEREO」誌などにレギュラー執筆。ビッグバンド Shiny Stockings にサックス奏者として参加。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン理事。