令和2年を迎えたこの1月、音楽の世界にあっても新しい時代を創ってゆくであろう豊かな才能が次々に登場してきている。未知の才能にふれたときの、何ものにも代えがたい喜び。そんな期待の新星たちにスポットを当ててみたい。
天才マルチ・ミュージシャンとして注目を浴びつつあるジェイコブ・コリアーは、ロンドン生まれの25才。キーボードやギター、パーカッションを自在にこなすだけでなく、シンガー、コンポーザー、アレンジャー、プロデューサーとしての才能を縦横に生かし、オーバーダビングを重ねながらジャンルを超えたポップなサウンドを生み出してゆく。そんなジェイコブの音楽がYou Tubeで大きな注目を集めたのが2013年のこと。クインシー・ジョーンズの目にとまってフェスティバルに出演し、ハービー・ハンコックやパット・メセニーをはじめとするビッグネームからの絶賛を得たところから、一気に話題が広がった。
デビュー作「イン・マイ・ルーム」がグラミーの2部門に輝くという快挙のあと、新たにスタートしたのが名前の頭文字をとった“ジェシー”プロジェクトで、「Vol.1」から「Vol.4」まで40曲にも及ぶ作品が用意されているという。「Vol.1」では自身の多重ミックスを中心に、オランダのメトロポール・オーケストラやテイク6をはじめとする多彩なゲストを迎えて、音楽の玉手箱を開けるかのように楽しいサウンドが創造されてゆく。現代のテクノロジーを駆使して生み出されてゆく響きは、まさに新世代というにふさわしい。2020年の最注目アーティストのひとりである。
まだ23歳という若さのヴィブラフォーン奏者、ジョエル・ロスが、昨年の11月にブルーノート・レーベルから鮮烈なアルバム・デビューを飾った。けっして人材が多いとはいえないジャズ・ヴィブラフォーンの世界にあって、ジョエル・ロスはバップの伝統を受け継ぎながらも、これまで耳にしたことのないようなハーモニーやリズミックな展開を聴かせて、ユニークな個性をふりまいてゆく。そのアルバムが「キングメーカー」。
リリースと合わせるかのように“グッド・ヴァイブス・バンド”を率いて来日したステージを、東京のブルーノートで観た。サックスのイマニュエル・ウィルキンス、ピアノのジェレミー・コーレン、ベースのベンジャミン・ティベリオ、ドラムスのジェレミー・ダットンからなるユニット。それぞれのメンバーが、いずれも一筋縄ではゆかない個性の持ち主で自由に世界を描き出してゆくのだが、それでいて紛れもないジョエル・ロスの音楽が組み立てられていて、強力な神通力のようなものが働いているあたりからも、このリーダーが只者でないことがわかる。同時にヴィブラフォーンという楽器だけでなく、音楽の表現にはまだまだ限りない未来が広がっているのだと感じさせるスリリングな一枚。
新人の登竜門である“セロニアス・モンク・コンペティション”で2015年のウィナーに輝いて、玄人筋からも評価の高い女性シンガーのジャズメイア・ホーン。音域の広さとともに、スキャットをまじえながらの自在な節回しはボーカリストというよりもホーン・プレイヤーのよう。「ア・ソシアル・コール」は2017年にリリースされたジャズメイアのデビュー・アルバムで、名門のプレスティッジ・レーベルから発売になり、同年のグラミー賞にもノミネートされた。レパートリーもスタンダードからスピリチュアル曲、ファンキーなナンバーまで多彩なものがあり、どの曲も奔放な表現力によって、まるで新曲のようにはばたかせてゆく。
オープニングの<タイト>は、彼女の尊敬するベティ・カーターのカヴァー・バージョン。コンテンポラリーな斬新さを存分に発揮しながらも、しっかりした伝統を感じさせるのがジャズメイアの素晴らしさ。現代社会に一石を投じて、もっと良い世界を創ってゆきたいというメッセージも込められている。ボーカルの未来に向けての好ましいあり方がよく示されている一枚。さらに自身のオリジナル曲を多く含んだ新作「ラヴ・アンド・リベレーション」も発売になっているので、併せてお聴きいただきたい。
イタリアの北部の街、ルッカで生まれた若く美しい指揮者のベアトリーチェ・ヴェネツィが、同じルッカ生まれの名作曲家、ジャコモ・プッチーニが書いたメロディーばかりを管弦楽で演奏する。2018、2019年と日本にもやってきてオーケストラを指揮したベアトリーチェであるが、トスカーナの管弦楽団を率いての演奏は、プッチーニの旋律がもつメロディックな美しさや流麗さを押し出して心地よい気分にさせてくれる。いかにもイタリア的といった感じの屈託ない表情。
有名な「マノン・レスコー」「蝶々夫人」「修道女アンジェリカ」の間奏曲だけでなく、若き日の作品で滅多に演奏されることのない「交響的奇想曲」や、いままで弦楽合奏でしか演じられたことのなかった「スケルツォとトリオ」の管弦楽による初録音なども含まれる。ドラマチックな構成というよりも、どこまでもリリカルな抒情美あふれる演奏。ベアトリーチェのプッチーニに寄せる愛がいっぱいに感じられるアルバムになっている。
小さい頃からさまざまな音楽に囲まれて育ち、早稲田大学モダンジャズ研究会にも所属。学生時代から音楽誌等に寄稿。トラッドからモダン、コンテンポラリーにいたるジャズだけでなく、ポップスからクラシックまで守備範囲は幅広い。CD、LPのライナー解説をはじめ「JAZZ JAPAN」「STEREO」誌などにレギュラー執筆。ビッグバンド Shiny Stockings にサックス奏者として参加。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン理事。