デジタル・リマスター技術の進化とともに、時代を超えてきた名演、名盤の数々を信じられないほど瑞々しい響きで聴くことができるようになったのが嬉しい。半世紀以上前に世に出たブルーノ・ワルター、ステレオ録音のリマスターを耳にして、あらためてそんな思いを強くした。今月は、そんなワルターのSACD盤と、胸のすくようなジャズのビッグ・バンド作品3点をご紹介する。
若い頃マーラーに師事したこともある20世紀オーケストラ界の巨匠、ブルーノ・ワルター。ちょうどステレオ・レコードが世に出始めた頃、晩年のワルターは自ら優れたメンバーを選んでコロムビア交響楽団を編成し、ベートーヴェンやモーツァルト、ブラームス、マーラーなどの作品をステレオで再録音した。そんなコロムビアにのこされたワルター~コロムビア交響楽団の名演の数々が、オリジナル3チャンネル・テープから新たにリマスターされて発売されることになった。ふり返ってみれば、小生がクラシック音楽の世界に親しんだ1960年代の初め頃、ブルーノ・ワルターは神様のような指揮者であるとともに、もっとも親しみのある指揮者でもあった。ベートーヴェンやブラームス、モーツァルト、そしてマーラーの交響曲は、すべてワルターのレコードで初めて耳にした。それぞれの演奏は、他のものと比較したわけではないのにヒューマンで温かい響きをもっていることを強く感じたものだ。
音楽の響きというのは相対的なものでなく、魅力的なものに触れたならば絶対的なものであることがわかる。そんな思いは半世紀以上を経た今でも変わらないが、今回のSACDリマスター盤はこれまでのどのLPやCDよりも音質的にはクリアーで生々しく、ひとつひとつの楽器が鮮烈に浮かび上がってくる。ワルターのもっているヒューマンや温かさや美しさが損なわれていないだけでなく、いっそうロマンティックな気分をかき立てられるような思いがする。ここではブラームスを取りあげたが、他のすべてのアルバム・セットの響きも同様で、あらためて大きな感動をおぼえた。
ビッグ・バンド・ジャズの迫力あふれる魅力を浴びるように感じることのできるアルバムで、これも半世紀以上前の演奏ながら、まるで昨日のもののようにリアルに蘇っている。カウント・ベイシー楽団でも活躍したトランペッターのサド・ジョーンズが1966年、ドラマーのメル・ルイスと一緒に編成した“サド・ジョーンズ=メル・ルイス・オーケストラ”。強力なスイングやダイナミズムといったビッグ・バンド・ジャズの伝統を継承しながら、ユニークなアイディアをふんだんに盛り込んで、ソロイストたちも胸のすくようなアドリブ・ソロを繰りひろげてゆく。もともとは客足の少なかった月曜日の夜にマンハッタンのクラブ“ヴィレッジ・ヴァンガード”が会場を提供したことから“リハーサル・バンド”的にスタートしたサド=メル・オーケストラだったが、噂が噂を呼んで、あっという間にクラブの最高の呼び物になっていった。
そんなバンドが初めてヴァンガードに出演した1966年2月7日の演奏が、半世紀以上の時を経て2016年にアルバム化された。サドとメルのリーダーシップのもと、一堂に集められた錚々たるプレイヤーたちのやる気がダイレクトに伝わってくる熱いステージ。サドが亡くなったあと“メル・ルイス・オーケストラ”“ヴァンガード・ジャズ・オーケストラ”と名前を替えて今日まで受け継がれて来たバンドの原点の記録。その凄さはCDでも十分に伝わってくるが、昨年秋にリリースされたLP盤の音は、いっそうリアルで生々しい。まさに“歴史的”と呼ぶにふさわしい驚異の発掘盤。
現代ラテン=ジャズ・ピアノの最高峰、ミシェル・カミロによる久しぶりのビッグバンド・ジャズ・アルバム。全曲がミシェル・カミロのオリジナルで、彼のピアノがメロディックに跳ね回り、ホーン・セクションが圧倒的な迫力でせまる。
オープニング曲<アンド・サミー・ウォークト・イン>はミシェルの十八番曲で、ここではパワー・アップしたビッグ・バンド・バージョンで耳にすることができる。他にも<マノ・ア・マノ><オン・ファイア>のようにエキサイティングなラテン調ナンバーだけでなく、色彩感あふれる<リキッド・クリスタル>の精緻な響きや、夢みるような美しいバラード<ジャスト・ライク・ユー>など、自在なオーケストレイションに仕上げてみせるあたりにミシェル・カミロの高い音楽性が垣間みえる。
20世紀ポピュラー音楽の名作曲家だったコール・ポーターのナンバーばかりをとりあげて、ハリー・コニックJrが心をこめて歌ってゆく。それだけでなくハリーはピアニストとしても素晴らしいタッチを披露。さらに胸のすくようなビッグ・バンド・アレンジにペンをふるい、指揮までもつとめている。ハリー・コニックJrはコール・ポーターの曲を現代の作品としてとらえていて、ノスタルジックな感覚でなく、きわめてフレッシュな響きで今日に蘇らせてゆく。
ハリーのエンターティナーぶりを隅々にまで感じることのできるアルバムで、ジャズ・ファンはもちろんのこと、ポピュラー・ファンにも楽しんでいただきたいゴージャスな仕上がり。コール・ポーター・ソングブックとしても近年、稀にみる充実した内容をもった聴きごたえある一枚になっている。
小さい頃からさまざまな音楽に囲まれて育ち、早稲田大学モダンジャズ研究会にも所属。学生時代から音楽誌等に寄稿。トラッドからモダン、コンテンポラリーにいたるジャズだけでなく、ポップスからクラシックまで守備範囲は幅広い。CD、LPのライナー解説をはじめ「JAZZ JAPAN」「STEREO」誌などにレギュラー執筆。ビッグバンド Shiny Stockings にサックス奏者として参加。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン理事。