第二十六回
ジャンルの辺境を超えて、融合を続けてゆく音楽シーン

2020.03.01

文/岡崎 正通

さまざまな音楽ジャンルの壁をたやすく乗り超えながら、新たな響きを生み出してゆく現代の音楽シーン。今にも通じる中世の古典曲とともに、とびきりイマジネイションを刺激してくれる現代の3枚を選んでみた。

♯86さまざまに“ラ・フォリア”の変遷を楽しむ

ラ・フォリア 1490-1701/ジョルディ・サヴァール

「ラ・フォリア 1490-1701/ジョルディ・サヴァール」
(Alia Vox AV-9805)

“ラ・フォリア”の旋律を初めて耳にしたのは1970年頃、リコーダーの名手で、のちに18世紀オーケストラを率いたことでも名を知られるフランス・ブリュッヘンのレコードによってだった。「涙のパヴァーヌ」というアルバムに入っていた曲は“ラ・フォリアによる変奏曲”と名付けられていて、イタリア・バロックの作曲家アルカンジェロ・コレッリがヴァイオリン・ソナタの中で、この曲の変奏を書いていることも知った。さまざまな演奏がのこされているものの、興味深いのは“ラ・フォリア”の憂いを帯びた旋律やマイナー・ハーモニーの進行が、現代のポップスやロックにさえ影響を与えているのではないかということで、そう考えれば“ラ・フォリア”あるいは“ラ・フォリア的なもの”は、500年以上にもわたって人々の心の中に受け継がれてきたことになる。

もともと“ラ・フォリア”はイベリア半島のどこかで生まれた3拍子の舞曲で、それが少しずつ形を変えながら、さまざまな編成によって継承されていったものらしい。「ラ・フォリア 1490-1701」と題されたアルバムには、この間に<ラ・フォリア>の旋律、様式がどのような展開をみせていったのかを8つの演奏で聴かせてくれる。コレッリの1700年バージョンは7曲目に入っている。演じるのはバルセロナ生まれのジョルディ・サヴァール率いるアンサンブルで、ジョルディはヴィオラ・ダ・ガンバを演奏する。時空を超えて中世の響きと戯れる一枚。

♯87静かに広がってゆくポーランドの詩情

ULOTNE~幻想/アンナ・マリア・ヨペック&ブランフォード・マルサリス

「ULOTNE~幻想/アンナ・マリア・ヨペック&ブランフォード・マルサリス」
(ディスクユニオン AMJ-001)

パット・メセニーとのコラボレイションなどによっても名を知られてきたポーランドのシンガー・ソングライターのアンナ・マリア・ヨペックと、ジャズ・サックスの最高峰ブランフォード・マルサリスとのコラボレイション。自国の民族音楽に新たな光をあてることを試みてきたヨペックの歌声は透明感にあふれて美しく、その表情とともに素朴で温かい空気感が広がってゆく。

ポーランドに伝わるトラディショナルなメロディーや、その旋律からインスピレイションを得て書かれたヨペックのオリジナル作品の数々。それらを淡々と綴ってゆくヨペックの歌声に、ブランフォードがソプラノ・サックスをもって寄り添い、オブリガートを演じるとともに豊かな対話が繰りひろげられてゆく。そんなふたりを静かに包みこんでゆく弦楽アンサンブル。ほの暗い抒情。すべてがさりげなく、自然に流れてゆくような響き。あらゆる国境を超えて、人の心に深く入り込んでくる幻想的な音楽。2年前に世を去ったポーランドのトランペッター、トマス・スタンコを偲んで書かれた<マリアとの別れ>のしみじみとした表情にも心打たれるものがある。

♯88底知れないパワーを浴びるように感じる一作

リメイン・イン・ライト/アンジェリーク・キジョー

「リメイン・イン・ライト/アンジェリーク・キジョー」
(Uni Disc UNCD-018)

「リメイン・イン・ライト」は、アメリカのロック・バンド“トーキング・ヘッズ”が80年に発表した名盤。単にニュー・ウェイブというより、アフロ・ファンク的な野性味あふれる音楽は、当時のロック・ファンの間にも大きな衝撃をもたらしたものだった。そんなヒストリカルなアルバムを西アフリカ、ベナン共和国生まれの世界的なシンガー、アンジェリーク・キジョーが丸ごとカヴァー。といってもアンジェリークのアプローチは、自身の血をたぎらせながら「リメイン・イン・ライト」をさらにパワーアップさせてみせる。

オリジナルが40年前に生まれたものであることを考えるならば、“トーキング・ヘッズ”があまりに進み過ぎていたことにも驚かされるが、それを再創造していっそう刺激的な音楽を作り上げてしまうアンジェリーク・キジョーも、さらに凄い。パーカッションやブラス・セクションを加えたサウンドは徹底してダンサブル、ワイルド、ゴージャス。そんな響きの中から、アフリカン・アーティストとしてのキジョーの底知れない音楽ルーツが浮かび上がる。アメリカ、ガーディアン紙で“世界でもっとも啓発的な女性TOP100”にも選ばれたキジョーの面目躍如たる2018年作品。なお昨年リリースされた新作「セリア」(ユニバーサルミュージック UCCM-1252)も、キューバの大御所セリア・クルースに捧げられたもので、こちらもキジョーの個性が如何なく発揮されている大傑作。

♯89白日夢を見ているかのような、極上のノン・ジャンル音楽

アブサン/ドミニク・ミラー

「アブサン/ドミニク・ミラー」
(ECM ユニバーサルミュージック UCCE-1177)

人気ロック・シンガー、スティングの片腕として、30年近くにもわたってバンドのギタリストをつとめてきたドミニク・ミラー。スティングのもとでポップなプレイをおこなういっぽうで、彼の心にある音像風景を100%純粋な形で描き出してみせたのが、ECMからのセカンド作になる「アブサン」である。生まれ育った南フランスの陽光や、緑の空。

“コンセプトは、光の中にある色彩のコントラストと衝突”とミラー自身が言うように、印象派の絵画を思わせるサウンドの数々。フランス生まれのパーカッションの鬼才マヌ・カッツェや、ブェノスアイレスを拠点に活躍するバンドネオン奏者サンティアゴ・アリアスらを加えた5人のメンバーによって紡ぎ出される音が、自由に空間を浮遊してゆく。アンビエントと形容したい浮遊感をもちながらも、一筋縄ではゆかない芯をもっているドミニクのギター。タイトルの「アブサン」は、強い度数をもつリキュール酒。その名のように白日夢を見ているかのような思いのする、極上のノン・ジャンル音楽。

筆者紹介

岡崎正通

岡崎 正通

小さい頃からさまざまな音楽に囲まれて育ち、早稲田大学モダンジャズ研究会にも所属。学生時代から音楽誌等に寄稿。トラッドからモダン、コンテンポラリーにいたるジャズだけでなく、ポップスからクラシックまで守備範囲は幅広い。CD、LPのライナー解説をはじめ「JAZZ JAPAN」「STEREO」誌などにレギュラー執筆。ビッグバンド “Shiny Stockings” にサックス奏者として参加。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン理事。