第八十四回
ブルーノートの名盤をSACDで聴く

2025.01.01

文/岡崎 正通

名門ジャズ・レーベルであるブルーノートが創立されてから85周年を迎えるのを記念して、往時の名盤の中から厳選されたタイトルが“SACDシングルレイヤー仕様”で国内リリースされることになった。マスタリングをおこなったのは現代の名エンジニア、ケヴィン・グレイ。ブルーノートといえばオリジナル録音、マスタリングをルディ・ヴァン・ゲルダーがおこなったことでも有名。生々しいリアリティをもったホーン楽器の音を分厚い低音が支える“ヴァン・ゲルダー・サウンド”。いっぽうケヴィン・グレイのマスタリングはひと味違う方向性をもっていて、ひと言でいえばとてもナチュラル。必要以上に低音を強調せずに、適度にバランスのとれた現代の音として再現してみせている。これまでのブルーノートに親しんできた方からは“これはブルーノートのサウンドではない”という声が聞こえてくるかもしれないが、ケヴィン氏は“これがオリジナルのマスターテープに収められていた本当の音”と言い切っている。これらの音楽が吹き込まれてから60年もの年月が流れる中で、ケヴィンによる新マスタリングはオーディオ的にも興味深いものがある。そんな今日のマスタリングの精髄を、高音質のSACDで楽しんでみたい。

♯274 オーネットの美学の成熟を感じさせる傑作

ゴールデン・サークルのオーネット・コールマンVol.1

「ゴールデン・サークルのオーネット・コールマンVol.1」
(ブルーノート ⇒ ユニバーサルミュージック UCGQ-9077)

60年代のジャズ界に革命をもたらすとともに、多くのプレイヤーたちに影響を与えていったアルト・サックス奏者、オーネット・コールマンの名声を決定づけた65年のライブ・アルバム。フリー・ジャズの闘士としてジャズ・シーンに大きな衝撃をもたらしたオーネットだったが、和声を無視した自由な演奏に対しては賛否両論、さまざまな意見が飛び交わされたものだった。クラブ出演やレコーディング活動をおこなったものの、彼の音楽を否定する人々も多くいて、オーネットは一度は音楽の世界から姿をくらましてしまう。そして2年のブランクののちにカムバック。トリオを率いて長期にわたるヨーロッパ・ツアーを敢行。11月後半からストックホルムの“ゴールデン・サークル”に出演した時の、最後の2日間のステージの演奏からセレクトされている。

ベース、ドラムスを従えたシンプルな編成ゆえに、オーネットの“フリー”でありながらも歌うような個性が際立って響く。テキサス生まれのオーネットがもっているブルースの風土が抽象化され、アブストラクトな輝きをもって耳に飛び込んでくる。このアルバムを聞けば“フリー・ジャズ嫌い”な人も、この音楽が放つまばゆいばかりの輝きに納得せざるを得なくなることだろう。大胆なメロディー・ラインを高らかに歌い上げてゆく<フェイシズ・アンド・プレイシズ>、ユーモラスな<ヨーロピアン・エコーズ>をはじめ、オーネットの美学の成熟を感じさせる聴きごたえある傑作アルバムである。

♯275 ウェイン・ショーターの記念すべきブルーノート、デビュー作

ナイト・ドリーマー/ウェイン・ショーター

「ナイト・ドリーマー/ウェイン・ショーター」
(ブルーノート ⇒ ユニバーサルミュージック UCGQ-9080)

最高のジャズ・テナー奏者だったウェイン・ショーターが64年4月、ブルーノートに吹き込んだ、このレーベルからの記念すべき初リーダー作。ジャズ・メッセンジャーズのメンバーとして重要な役割を担ってきたウェインは、この吹き込みの半年後にはメッセンジャーズを離れてマイルス・デヴィス・クインテットに参加する。そんな過渡期的な頃に録音された「ナイト・ドリーマー」は、モード手法やミステリアスなショーターの個性が入り混じって、それまでのハード・バップにはなかった新しい響きが聴かれる。曲目もタイトル・ナンバーを筆頭にミステリアスなバラード<ヴァーゴ>など、ウェインならではの魅力的なオリジナルが並んでいる。音色やフレージングに、ソロイストとしてのウェインのオリジナルな個性が強く打ち出されているのが最大の聴きどころ。当時のジョン・コルトレーン・カルテットのメンバーだったマッコイ・タイナーが弾き出す斬新なハーモニー。ワイルドなエルヴィン・ジョーンズのドラミングがエキサイティングな興奮をもたらしてゆくところにも注目したい。

♯276 ブルージーな魅力に酔うことのできるグラント・グリーンの秀作

抱きしめたい/グラント・グリーン

「抱きしめたい/グラント・グリーン」
(ブルーノート ⇒ ユニバーサルミュージック UCGQ-9086)

軽いボサ・ノヴァ・ビートに乗って演じられる、おなじみビートルズの<抱きしめたい>(I Want to Hold Your Hand)。前年(64年)にヒット・チャートの1位に躍り出て、ビートルズの名を世界に知らしめることになった大ヒット曲を、グラント・グリーンがブルージーに演じてみせる。ほとんどコードを弾かずに、ホーン・プレイヤーのようにメロディーを歌い上げてゆくグラント。ほかにも快調に乗りまくる<スピーク・ロウ>をはじめ、グルーヴィなグラント節が全開!テナー・サックスを吹くハンク・モブレイも、メロディックな良い味を出している。ベース奏者がいない代わりに、オルガンのラリー・ヤングがペダルを使ってベース・リズムを送り出してゆくのがオーディオ的にも聴きどころになっている。

筆者紹介

岡崎正通

岡崎 正通

小さい頃からさまざまな音楽に囲まれて育ち、早稲田大学モダンジャズ研究会にも所属。学生時代から音楽誌等に寄稿。トラッドからモダン、コンテンポラリーにいたるジャズだけでなく、ポップスからクラシックまで守備範囲は幅広い。CD、LPのライナー解説をはじめ「JAZZ JAPAN」「STEREO」誌などにレギュラー執筆。ビッグバンド “Shiny Stockings” にサックス奏者として参加。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン理事。