第八十一回
遅かった今年の秋を感じる3

2024.10.01

文/岡崎 正通

“もっとも暑い夏”になった今年について、気象庁が“2024年の夏は異常気象だと言える”と発表した。もっともそんな発表がなくても、いままで経験したことのなかった気候に直面していることは誰も分っている。そんな長い暑い夏がやっと終わって、少しほっとしたような気持になったときにプレイヤーに乗せた3枚のアルバムである。

♯265 北欧のピアニストが描き出す“夏の終わり”

エンド・オブ・サマー/エスペン・エリクセン・トリオ

「エンド・オブ・サマー/エスペン・エリクセン・トリオ 」
(Rune Grammofon RCD-2216)

「End of Summer」と題されている美しいトリオ・アルバム。タイトルからすれば、この作品は8月末から9月にかけてのイメージなのだろうが、今年は9月の半ばになってもまだ夏が残っていて、ようやく10月に入って“夏の終わり”を感じている。リーダーのエスペン・エリクセンはノルウェイ生まれのピアニスト。2007年にトリオを結成して同地のジャズ・フェスティバルなどに出演するほか、イギリス、スイス、ドイツをはじめとするヨーロッパ各地や東南アジアなどでもフェスやクラブ出演をおこなっている。そんなエスペンのプレイは音符を多く使うことなく、むしろ音数を減らすように簡潔なタッチの中から、ほのかな抒情が広がってゆく。

彼の5枚目のリーダー作になる「End of Summer」は2020年にリリースされたもので、コロナ禍でコンサート出演がすべてキャンセルになった中でスタジオに入って制作されたものである。タイトル曲は、暑かった夏の残り香を思うような印象的な一曲。ドラマーのアンドレアス・バイが叩き出す穏やかなマレットのビートに乗って、ロマンティックなメロディーが奏でられてゆく。エスペンのピアノ・タッチは、どこまでも穏やかで優しく、いかにも北欧のピアニストといった風情を感じさせる。ほかにも<Where The River Runs>や<A Long Way from Home><Reminiscence>など、どこかになつかしさを感じさせるような曲が多い。けっして熱くなることなく、淡々と綴られる響きに、このトリオの美学が表れているような一枚。

♯266 ゲッツの代表曲のロマンティックな再演

リフレクションズ/スタン・ゲッツ

「リフレクションズ/スタン・ゲッツ」
(Verve ⇒ ユニバーサルミュージック UCCV-9645)

白人テナーの名手だったスタン・ゲッツの作品は、これまでにも取り上げてきたが(♯67♯149)、これは個人的には秋になると聴きたくなってくる一枚。べつに秋の曲が多く演奏されているわけではないのだけれど、ゲッツにとっての極めつきといって良い<アーリー・オータム>(初秋)が入っている。名アレンジャーのラルフ・バーンズによって書かれた<アーリー・オータム>は、ゲッツがまだウディ・ハーマン楽団に参加していた1947年に録音した“サマー・シークエンス”という組曲が基になっていて、その“パート4”のゲッツのバラード吹奏があまりに素晴らしかったので、この部分だけをバーンズがゲッツ用に再アレンジしたものが<アーリー・オータム>として親しまれるようになった。

この63年のバージョンでは、ゲッツがソフトなコーラス・ハーモニーを伴って、ロマンティックにメロディーを綴り上げる。やはりゲッツの十八番曲だった<ヴァーモントの月>や、ソフトなボサノヴァ版<シャレード>など、美しい演奏ばかり。全体にイージー・リスニング的な雰囲気をもっていて、ゲッツの作品の中ではジャズ的に高い評価を得ていなかったものの、今日の耳にはとても心地よく響いてくる。そしてしっかりした芯をもつテナー・サックスの音。クールなようで確かな存在感をはなつゲッツの太いトーンをどのように再現できるかは、オーディオファンの腕の見せどころでもあるだろう。

♯267 メル・トーメが歌うニューヨークの風物詩

ニューヨークの休日/メル・トーメ

「ニューヨークの休日/メル・トーメ」
(Atlantic ワーナーミュージックWPCR-27195)

小粋な味わいと共にジャジーな魅力をいっぱいに振りまいて、最高の実力をもつシンガーとしての評価を得ていたメル・トーメ。「Sunday in New York」と題されたアルバムは、その名のとおりニューヨークにちなんだ作品ばかり、13曲が歌われている。有名な<ニューヨークの秋>のほかに、とくに“秋”にちなんだ曲が入っているわけではないのだが、美しいアルバム・ジャケットを眺めていると、この時期に無性に取り出して聴きたくなる。

ヴァーノン・デュークが書く曲は派手ではないものの、深い味わいをもったものが多く、<ニューヨークの秋>のスマートな情感もまた、ヴァーノンならではの世界ということができるだろう。“田舎での休暇からニューヨークに戻って、27階の窓からセントラル・パークを見下ろしながら、新しい恋が芽生えるだろう”という歌詞からほのかなロマンが漂ってくる<ニューヨークの秋>。ソフトなストリングスのハーモニーが、メル・トーメの表情をいっそう引き立てている。ほかにもスインギーな<バードランドの子守歌>やメランコリックな<ハーレム・ノクターン>をはじめ、聴きどころは多い。スイングするビッグバンドとの共演や、ジャジーなコンボをバックにしたものなど多彩。1963年の録音で、このときメル・トーメは38才、まさに脂の乗り切った時期のメル・トーメの代表作の一枚である。

筆者紹介

岡崎正通

岡崎 正通

小さい頃からさまざまな音楽に囲まれて育ち、早稲田大学モダンジャズ研究会にも所属。学生時代から音楽誌等に寄稿。トラッドからモダン、コンテンポラリーにいたるジャズだけでなく、ポップスからクラシックまで守備範囲は幅広い。CD、LPのライナー解説をはじめ「JAZZ JAPAN」「STEREO」誌などにレギュラー執筆。ビッグバンド “Shiny Stockings” にサックス奏者として参加。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン理事。