第二十一回
黄金時代のモダン・ジャズ、珠玉の発掘盤を楽しむ

2019.10.01

文/岡崎 正通

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過去の名演の発掘は、これまでも多くおこなわれてきているものの、ほんとうに価値ある発掘というのは、それほどあるものでもない。そんな中で近年に発掘された“奇跡”とも呼べる発掘盤を2点。さらにポップ・スター、スティングの最新アルバムと、ギドン・クレーメルの秀演をご紹介したい。

♯66 名録音とともに蘇るビル・エヴァンス・トリオ、珠玉のアルバム

ビル・エヴァンス/サム・アザー・タイム~ザ・ロスト・セッション・フロム・ザ・ブラック・フォレスト

「ビル・エヴァンス/サム・アザー・タイム~ザ・ロスト・セッション・フロム・ザ・ブラック・フォレスト」
(レゾナンス⇒キング・インターナショナル KKJ-1016 タワーレコード RTSA-1001~2)

ドイツの南西部、スイスとの国境に程近く、フランスともそんなに遠くないブラック・フォレストと呼ばれる地域の街フィリンゲンに、ハンス・ゲオルク・ブルンナー=シュワー氏が住んでいた自宅兼スタジオが今もある。かつてドイツを代表するSABA電機の役員をつとめ、ヨーロッパを代表するジャズ・レーベルのひとつになったMPSレーベルを興したハンス氏。その自宅に2台のグランド・ピアノが置かれ、リビングルームも兼ねたスタジオには録音設備も整っていた。

ハンス氏は録音技師としても素晴らしい腕をもっていて、世界から大物プレイヤーを招いて録音。オスカー・ピーターソンはハンス氏の音を気に入って、わざわざやってきて多くのアルバムを吹き込んでリリースした。そんなMPSの多くの名盤が生み出されたスタジオであるが、1968年6月、スイスのモントルー・ジャズ・フェスティバルでのステージを終えたビル・エヴァンス・トリオが、このスタジオに立ち寄ってレコーディングを残していったことは、近年までほとんど知られていなかった。当時のビル・エヴァンスはヴァーブ・レーベルと契約を結んでいたため(実際に上記モントルーでのライブはヴァーブから発売になっている)いつか陽の目を見ることができたらとハンス氏は考えて録音したものと思われる。そのテープはハンス氏一家のもとで保管されていて、ようやく2016年になって陽の目をみることになった。

ベースにエディ・ゴメス、ドラマーにジャック・デジョネットが加わっていた68年のエヴァンス・トリオは、それまでの内的な響きからより躍動的な表現をもつプレイへと明らかな変化をとげていた。そんなエヴァンス・トリオの姿を生き生きととらえたハンス氏の名録音。発掘に尽力したのはプロデューサーのゼブ・フェルドマン氏で、彼のレゾナンス・レーベルから豪華なブックレット付きで世に紹介された。さらに本年夏、その音源をSACDハイブリッド化したものがタワーレコードからも発売になっている。トリオのバランスがほどよく録られているレゾナンス盤と、ピアノがいっそうの存在感をもって浮かび上がるSACD盤。どちらをとるかはお好み次第だが、オーディオ・マニアであれば両者の違いを聴き比べるのも、また興味深いところであろう。

♯67 ボサ・ノヴァ期直前のスタン・ゲッツ、充実のジャズ・ライブ

スタン・ゲッツ/ゲッツ・アット・ザ・ゲイト

「スタン・ゲッツ/ゲッツ・アット・ザ・ゲイト」
(ユニバーサル ヴァーブ UCCV-1175~6)

素晴らしい発掘盤をもうひとつ。モダン・ジャズの時代に最高の白人テナー・サックス奏者として名声をほしいままにしていったスタン・ゲッツが1961年暮にのこしていたライブ・ステージの記録が、60年ちかくの歳月を経て今年の夏にアルバム化されている。この翌年にギタリストのチャーリー・バードと組んだ「ジャズ・サンバ」やアストラッド・ジルベルトらとの「ゲッツ/ジルベルト」によって、世界中にボサ・ノヴァ・ブームを巻き起こしたゲッツが、その直前にカルテットを率いて“ヴィレッジ・ゲイト”に出演したときのステージをとらえたもの。

ストレート・アヘッドなスタイルで、ゲッツは溢れんばかりの歌心の魅力を存分に発揮しながら、奔放にテナーを吹きまくっている。好ましいクラブ・ステージでの、乗りに乗った演奏。泉のように湧きあがるメロディックなアドリブ・フレーズは留まることがない。鬼気せまる<エアジン>と<ウディン・ユー>。くつろぎに満ちた<ワイルドウッド>や<ステラ・バイ・スターライト>。そして<ホエン・ザ・サン・カムズ・アウト>などのバラードでの、ロマンがこぼれ落ちるような情感。ライブ・ステージで繰りひろげられる、ひらめきに溢れるプレイのすべてが、ゲッツの天才性を証明するものになっている。

♯68 自身でサウンド・リメイクした、スティングの最新盤

マイ・ソングス/スティング

「マイ・ソングス/スティング」
(ユニバーサルミュージック UICA-1071)

ずらりと並ぶ曲名を眺めたなら、これはロック=ポップ界のスター、スティングのベスト・アルバムだと思うかもしれない。そう、これはスティングのベストにして最新のアルバム。自身の過去のヒット曲を今日の視点で再構築したものなのだ。オリジナル・レコーディングと曲の流れも雰囲気も、まったくと言ってよいほど変わっていないものの、リズムがタイトになっているだけでなく、随所のトラックを工夫して入れ替えている。

<見つめていたい><孤独のメッセージ><ウォーキング・オン・ザ・ムーン>をはじめとする“ポリス”時代のヒット曲から、独立してスーパースターへの道を歩み続けた自身を振り返るような名曲の数々。必要なところだけを最小限にサウンド・リメイクして、また今日の曲として蘇らせる。セルフ・カヴァーなどといって再演するのでなく、こんなアップ・デートの方法は、どこかになつかしさを感じさせながらも、逆にとても新鮮だ。

♯69 ふたつの“四季”の幸福な出会い

エイト・シーズンズ/ギドン・クレーメル、クレメリア・バルティカ

「エイト・シーズンズ/ギドン・クレーメル、クレメリア・バルティカ」
(Nonesuch 7559-79568-2)

先月、ギドン・クレーメルの「ニュー・シーズンズ」をご紹介したので、今月は同じクレーメル~クレメラータ・バルティカ(バルト3国からクレーメルが集めた若い音楽集団)による“8シーズンズ”。バロック音楽の傑作ヴィヴァルディの有名な“四季”と、20世紀タンゴ界の巨匠アストル・ピアソラが書いた“ヴェノスアイレスの四季”が演奏されている。ふたつの作品は別々に演奏されるのでなく、春、夏、秋、冬とそれぞれ“ヴィヴァルディ~ピアソラ~ヴィヴァルディ~ピアソラ・・”という風に交互に演奏されてゆく。(ピアソラの曲は南半球の1月、夏から始まる)。

18世紀初めに書かれたヴィヴァルディの古典曲が純バロック的というよりも、研ぎ澄まされた感性によってピアソラの現代曲と何の違和感もなく繋げられてゆくのが聴きどころ。クラシック・ファンには馴染み深いヴィヴァルディ“四季”であるものの、この斬新な解釈からは、また新たな発見があるかもしれない。およそ250年もの時を隔てたふたつの“四季”の幸福な出会いがここにある。

筆者紹介

岡崎正通

岡崎 正通

小さい頃からさまざまな音楽に囲まれて育ち、早稲田大学モダンジャズ研究会にも所属。学生時代から音楽誌等に寄稿。トラッドからモダン、コンテンポラリーにいたるジャズだけでなく、ポップスからクラシックまで守備範囲は幅広い。CD、LPのライナー解説をはじめ「JAZZ JAPAN」「STEREO」誌などにレギュラー執筆。ビッグバンド “Shiny Stockings” にサックス奏者として参加。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン理事。