第二十二回
久しぶりにオーディオ・ノート社の試聴室を訪ねてみた

2019.11.01

文/岡崎 正通

秋らしい涼しさが感じられるようになった先日、久しぶりにオーディオ・ノート社の試聴室を訪ねてみた。少し部屋の中をいじったと聞いていたので、どのように音が変わったのか楽しみなところであったが、壁面に工夫を凝らして、ほどよい吸音がなされていた。けっしてデッドにならずに、といってライブでもない。以前よりも音のバランスが良く、いっそうサウンド的にもまとまりをもった響きを聴くことができたように思う。と同時にオーディオと部屋の関係の大切さをあらためて認識。どんなに良い装置を入れても、最終的に部屋できちんと調音ができないと、十分に楽しむことができないということも痛感した。

♯70リアルで、再生芸術としての素晴らしさも伝わってくる美しい響き

トランスフォーメーション/村治佳織

「トランスフォーメーション/村治佳織」
(ユニバーサルミュージック SACDシングルレイヤー ⇒ UCGD-9018,CD ⇒ UCCD-40013)

何枚か持参していったCDのうち、最初にプレイしてもらったのが村治佳織さんのソロ・ギターのアルバム。部屋の響きの具合をみるには小編成の演奏が分かりやすいと考えたからだ。期待どおりに、ギターを弾いている姿が浮かび上がってくるような生々しい音。まるで目の前で村治さんがギターを演奏しているようなリアルさを感じるいっぽうで、確かな再生芸術としての美しさもひしひしと伝わってくるような不思議な感覚に浸ることができた。

イギリスのデッカ・レーベルと契約を結んで吹き込まれた2004年のアルバム。ビートルズ・ナンバーを武満徹がギター用にアレンジしたものから、ギリシャの作曲家テオドラキスの歌曲、そしてポップス曲にいたる幅広いレパートリー。ラストの<フラジャイル>の、強い芯をもった響きの美しさには言葉がない。CDも高音質であるが、SACDシングルレイヤー盤では、いっそう生々しい鮮度で耳にできるように思う。

♯71若きリヒアルト・シュトラウスによる秀作

リヒアルト・シュトラウス/ヴァイオリン協奏曲~アラベラ・美歩・シュタインバッハー、ローレンス・フォスター指揮 ケルンWDR交響楽団

「リヒアルト・シュトラウス/ヴァイオリン協奏曲~アラベラ・美歩・シュタインバッハー、ローレンス・フォスター指揮 ケルンWDR交響楽団」
(Pentatone キング・インターナショナル KKC-5982)

後期ロマン派を代表する大作曲家のリヒアルト・シュトラウス。<ツァラトゥストラはかく語りき><ドン・キ・ホーテ><テイル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら>をはじめとする一連の交響詩や、オペラ「ばらの騎士」「サロメ」などの有名な作品の陰にひっそりと置かれた、生涯たったひとつのヴァイオリン協奏曲。といっても、これは上記のような名曲群が作られた時期に書かれたものでなく、まだシュトラウスが17歳!の時に作曲されたもので、ブラームスやメンデルスゾーンのような古典的な様式を感じさせる。いっぽうで独奏ヴァイオリンの扱いは見事なものがあって、後年につうじる豪壮なオーケストレイションの響きが随所にみられる。

僕は今年の春、NHK交響楽団の定期演奏会(指揮=パーヴオ・ヤルヴィ、ヴァイオリン=アリョーナ・バーエワ)で、この曲を聴いて大きな感銘をおぼえた。この時の演奏はCD化されていないので、作品でチェックして手に入れたアラベラ・美歩・シュタインバッハーのCDがなかなかいい。大のリヒアルト・シュトラウス好きの両親のもとに生まれ、シュトラウスの有名な歌劇「アラベラ」の主人公から名をつけられたという彼女は、リヒアルト・シュトラウスの音楽の演奏に運命的なものを感じるという。そんなアラベラが情感ゆたかに弾き上げてゆくシュトラウスの世界。とくにロマンティックな第2楽章は、若きシュトラウスの憧れや哀しみの表情を描きつくしていて見事である。

♯72ブイカとバルデスによる完璧なコラボレイション

エル・ウルティモ・トゥラゴ/ブイカ

「エル・ウルティモ・トゥラゴ/ブイカ」
(Warner Music 2564.68614)

人気ラテン・ロック・バンド“サンタナ”の最新アルバム「アフリカ・スピークス」でも全編にわたってフィーチュアされていたブイカ(コンチャ・ブイカ)は、マジョルカ島生まれのスペイン人シンガー。そんなブイカが、キューバ出身のラテン・ジャズ・ピアニスト、チューチョ・バルデスと共演した2009年のアルバムである。ここでは<ソレダード><ソンブラス>やタイトル曲<エル・ウルティモ・トゥラゴ>(最後の杯)をはじめ、コスタリカ生まれのメキシコ人シンガー、チャベラ・バルガスが得意にしていたレパートリーばかりをとりあげて歌っている。

大ベテランの佳曲ばかりをエモーショナルに、情熱的に歌いこなしてゆくブイカ。そんな彼女の歌声に寄り添うように、メロディックなタッチで応えてゆくチューチョ・バルデス。ふたりのコラボレイションは完璧で、アルバム12曲の録音は半日足らずで終了したのだという。フラメンコ的な味をのこしつつ、ラテン・メロディーにアプローチをみせるブイカの歌声に強く惹きつけられる名作。

♯73現代のトップ・ベーシストによる最新作

アヴィシャイ・コーエン/アルボロス

「アヴィシャイ・コーエン/アルボロス」
(ミュージック・ジャパン WPCR-18223)

今年9月の“東京JAZZ”にも出演して卓越した音楽性を示してくれた、ベーシストのアヴィシャイ・コーエン。幅広い活躍をみせる現代のトップ・ベーシストの最新アルバムが「アルボロス」。ラテン語で“木”を意味する“アルボロス”は、ユダヤ人のあいだで歌い継がれてきたメロディーで、イスラエル出身のアヴィシャイにとっては自身のアイデンティティを示すものでもある。

他の曲はすべてアヴィシャイの手になるオリジナルで、エキゾティックな哀感を漂わせたメロディーとしなやかな変拍子から独特の浮遊感が生み出されてゆく。ピアノ、ベース、ドラムスという編成でも、やはりベーシストがリーダーになっていることで、一般的なピアノ・トリオとは違う味わいがあり、それはオーディオ的な面白さとも結びついている。数曲にフルートとトロンボーンが加えられ、さらに色彩感が膨らんでゆく。

筆者紹介

岡崎正通

岡崎 正通

小さい頃からさまざまな音楽に囲まれて育ち、早稲田大学モダンジャズ研究会にも所属。学生時代から音楽誌等に寄稿。トラッドからモダン、コンテンポラリーにいたるジャズだけでなく、ポップスからクラシックまで守備範囲は幅広い。CD、LPのライナー解説をはじめ「JAZZ JAPAN」「STEREO」誌などにレギュラー執筆。ビッグバンド “Shiny Stockings” にサックス奏者として参加。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン理事。