第四十二回
夏になると聴きたくなるアルバム、あれこれ ①

2021.07.01

文/岡崎 正通

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今年の夏は、またまた暑くなりそうな予想。ところで毎年、夏になると取り出して聴いてみたくなるアルバムがいくつかある。涼を求めるものばかりでなく、けだるい夏の空気が描かれたものもあるが、そんな夏を想起させる作品を思いつくままにピックアップしてみた。もちろんオーディオ的にも聴きどころをもっているものを選んだつもりである。

♯148 ピリオド楽器による演奏で、典雅な舟遊びに思いを馳せる

ヘンデル 水上の音楽、王宮の花火の音楽/エリオット・ガーディナー指揮、イングリッシュ・バロック・ソロイスツ

「ヘンデル 水上の音楽、王宮の花火の音楽/エリオット・ガーディナー指揮、イングリッシュ・バロック・ソロイスツ」
(フィリップス ⇒ エソテリック ESSD-90242)

ロンドンのテームス河で開かれた舟遊びのために、ジョージ・フレデリック・ヘンデルが書いた「水上の音楽」は、彼の管弦楽を代表する名曲。そのタイトルやゴージャスな管楽器の響きが、ごく自然に夏を感じさせてくれる。イギリス王のジョージ一世が開いた豪華な舟遊び会。そんな典雅な良き時代に思いを馳せるのも、一興というものだろう。1710年代に書かれたとされているものの、その後も書き足されて、今日では3つの組曲として纏められ、演奏されるのが一般的になっている。楽団員も船に乗って演奏するところから、ホルンやトランペットの響きを生かした、まさにオープン・エアな雰囲気の横溢する楽曲。もっとも途中に優雅な“メヌエット”や哀愁を帯びた“エアー”などが挟まれて、しっかりした流れを感じさせるものになっている。

名演と言われてきたものも多いが、エリオット・ガーディナーが指揮する“イングリッシュ・バロック・ソロイスツ”が1991年にフィリップスに吹き込んだ演奏が、新たにマスタリングされたSACDとCDのハイブリッド盤として発売になった。当時の楽器や奏法を研究した上で演じられる、いわゆるピリオド楽器による演奏。リマスタリングによって、リズムの躍動感や、ひとつひとつの楽器が醸し出す典雅な音色感がよく出たものになっていると思う。

♯149 “ウィズ・ストリングス”の領域をはるかに超えた、創造性あふれる一枚

焦点/スタン・ゲッツ

「焦点/スタン・ゲッツ」
(ヴァーブ ⇒ ユニバーサルミュージック UCCU-9756)

モダン・ジャズの全盛時代に“クール・テナー”の代表格と言われたスタン・ゲッツ。そんなゲッツがアレンジャー界の鬼才、エディ・ソーターのペンになるオリジナルばかりをとりあげ、ソーターのペンになるストリングス&木管アンサンブルとスリリングなコラボレイションを演じてみせる。ソーターのアレンジは単なる伴奏でなく、ゲッツのテナーに生き生きと絡み合って、スリリングなサウンドのタペストリーを生み出してゆく。そんなアンサンブルに触発されるかのように、ゲッツもイマジネイションあふれるソロで応えていて、いわゆる“ウィズ・ストリングス”の領域をはるかに超えた創造性あふれる一枚になっている。

美しい女性をイメージして書かれた<ハー>や、ドリーミーな<アイ・リメンバー・ホエン>など、幻想的なナンバーが強い印象にのこすが、このアルバムに“夏”のイメージを感じるのは、けだるい夏の雰囲気が描き出される<ア・サマー・アフタヌーン>が入っているからかもしれない。本アルバムの吹き込みから約半年後、スタン・ゲッツはギターのチャーリー・バードと一緒に録音した「ジャズ・サンバ」が世界的にヒット。さらに<イパネマの娘>を含む「ゲッツ~ジルベルト」も大ヒットして、一躍ボサ・ノヴァ界の寵児となる。ゲッツにとっても生涯の転機になったボサ・ノヴァ作品。そんなボサ・ノヴァ前夜と呼べる61年夏に、このようなシリアスな作品が制作されたというのも、じつに感慨深いものがある。プロデューサーは、まだCTIレーベルを設立する前のクリード・テイラーで、ストリングス主体のオーケストラとゲッツのテナーの美しいブレンドを鮮やかにとらえている録音も素晴らしい。

♯150 ウクレレの響きをバックに歌われる小粋なアルバム

マナクーラの月/ジャネット・サイデル

「マナクーラの月/ジャネット・サイデル」
(ミューザック MZCF-1253)

4年前(2017年)の8月、62才で惜しまれつつ世を去ってしまったオーストラリア生まれのシンガー、ジャネット・サイデルが、ウクレレの響きをバックに温かい歌声を聴かせてくれる。いささかの誇張もない素直な表情とともに、いつも等身大の親しみ易いボーカルを聴かせてきたジャネットのアルバムの中でも、ひときわ人気の高い作品が2004年に吹き込まれた「マナクーラの月」。

ウクレレといえばハワイアン音楽の定番で、ジャズの世界ではほとんど使われることがない楽器であるが、いつもはギターを弾いているチャック・モーガンがウクレレを担当。そのインティメイトな響きは、愛らしいジャネット・サイデルの歌声にぴったりで、小粋にスイングさせてゆくところから、とても楽しい雰囲気が生み出されてゆく。ちょっぴりノスタルジックなスタンダード曲を中心に、ラテン・ナンバーもまじえた選曲も秀逸。<あなたの夢ばかり>に聴くジャネットとウクレレの掛け合いは、洗練されたスイングの極みでもある。オーディオ的には、ジャネットの歌声はもちろんのこと、ウクレレのもっているソフトだがしっかりした芯のある響きを、どれだけ温かく表現できるかがポイントになるだろう。

筆者紹介

岡崎正通

岡崎 正通

小さい頃からさまざまな音楽に囲まれて育ち、早稲田大学モダンジャズ研究会にも所属。学生時代から音楽誌等に寄稿。トラッドからモダン、コンテンポラリーにいたるジャズだけでなく、ポップスからクラシックまで守備範囲は幅広い。CD、LPのライナー解説をはじめ「JAZZ JAPAN」「STEREO」誌などにレギュラー執筆。ビッグバンド “Shiny Stockings” にサックス奏者として参加。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン理事。