第四十一回
高音質アルバムとともに、オーディオの醍醐味にひたる③

2021.06.01

文/岡崎 正通

斬新なセンスやアイディアが盛り込まれた演奏を耳にするのは、新たな音楽の発見の旅でもある。そんな探求心とともに、オーディオ的にも目の醒めるような響きをもっている2作品。そして人気ピアニスト、山本剛による“究極の高音質”というべきダイレクト・カッティング盤もご紹介したい。

♯145 創意を凝らしたアレンジによる、弦楽四重奏版エリントン作品集

デューク・カルテット/里見紀子

「ドューク・ストリング・カルテット/里見紀子」
(T-TOC Records TTOC-0050)

バイオリニストの里見紀子を中心にした弦楽四重奏グループが、20世紀のアメリカン・ミュージックの巨匠、デューク・エリントンの作品ばかりをとりあげて演奏したユニークなアルバム。これまでにも多くのアーティストたちによるエリントン・アルバムが制作されてきたものの、日本の弦楽グループによるものはほとんどなかったと言ってよいかもしれない。注目したいのは、ここでの里見紀子がエリントン作品を単なる演奏のための素材としてとり上げるのでなく、曲の深部にまで分け入ってエッセンスを取り出しながら、創意を凝らしたアプローチによって大胆かつ斬新な作品に再構築をおこなってみせていることだ。

4人のメンバーは、それぞれがリズムを内に秘めてスイングし、ソロやアンサンブルにと変幻自在に動き回る。意表を衝くような展開の面白さ。まるでフリー・ジャズのような弦の対話からスタートして、めまぐるしく拍子が変化してゆく<キャラバン>。いっぽう<ムード・インディゴ>や<ブラッド・カウント>などのスロー曲では、エリントンの音楽のもっている妖艶な表情が、いやが上にも浮かび上がってくる。そしてラストの<A列車で行こう>は、おなじみのテーマにチャイコフスキーの弦楽セレナーデをミックスさせるというアイディアが、とても面白い。ジャズでもクラシックでもない新しい世界。2曲の音源をハイレゾWAVでダウンロードできるボーナスもついた高音質仕様とともに、真摯な音楽的冒険心と遊び心にあふれたユニークなエリントン集として、価値ある一枚になっている。

♯146 伝統と革新が共存するクルレンツィスの世界

ベートーヴェン 交響曲第7番/テオドール・クルレンツィス指揮、ムジカ・エテルナ

「ベートーヴェン 交響曲第7番/テオドール・クルレンツィス指揮、ムジカ・エテルナ」
(ソニーミュージック SICC-30566)

アルバムが発売になるたびに大きな話題をあつめているテオドール・クルレンツィス率いるムジカ・エテルナの演奏。「運命」に続いてベートーヴェン交響曲の第2弾としてリリースされた「第7番」を聴いた。この解釈に好き嫌いはあるかもしれないが、どの演奏もこれまでになかったようなやり方で作品に分け入り、新しい光を当てていることは認めざるを得ないのではないだろうか。

主旋律の中に隠れていたような対旋律が、同じようにくっきりと浮かび上がるのが、とても新鮮。これまでハーモニーの中に隠れて意識されなかったメロディーがクローズアップされてくるのは、まるで新しい曲を耳にしているような楽しい瞬間でもある。そして明瞭なアクセントとダイナミクス。外見の華やかさだけでなく、感情と思考の論理性は、まさにクルレンツィスならではの世界。テンポを速めにとって、リズミックにたたみかけるような進行は、一編のスペクタクルを見るようですらあるが、この「第7番」はもとより“リズムの権化”のような曲なので、彼の躍動的な解釈がきわめて自然な流れの中に同化されているように思える。伝統と革新が共存するクルレンツィスの世界を鮮やかにとらえている録音も見事で、国内盤はさらに音質重視のBlu-spec CD仕様でのリリースになっている。

♯147 山本剛の必殺曲ばかりを、ダイレクト・カッティング45回転LPで聴く

ミスティ・フォー・ダイレクト・カッティング/山本剛トリオ

「ミスティ・フォー・ダイレクト・カッティング/山本剛トリオ」
(ディスクユニオン Somethin’Cool 45回転LP ⇒ SCLP-1055,CD ⇒ SCOL-1056)

“もう何回<ミスティ>を演奏してきたか分からない。でもいつも新鮮な気持ちで演奏できるし、そういう曲があるっていうのはとても嬉しいことだね”と山本剛が言うように、長い間にわたって彼のトレードマークになっていった<ミスティ>。最初の吹き込みは1974年で、当時の日本のジャズ界を代表するレーベルだった“スリー・ブラインド・マイス”(TBM)の手によって録音された。エロール・ガーナーが書いた幻想的なメロディーを、みずみずしいタッチで綴りあげていった不朽の名演。この一曲でピアニスト、山本剛の名声は決定づけられたといっても、けっして言い過ぎではない。

そんな一曲を今年の2月、山本剛トリオがキングの関口台スタジオで新たに再録音した2021年版<ミスティ>。演奏を直接ラッカー盤に刻み込んでマスターを作るダイレクト・カッティング方式を用い、さらに高音質を突きつめるべく45回転LPというフォーマットによって、スタジオでの音を限りない生々しさでパッケージに収めることに成功している。もともとTBM時代から音質の良いことでも知られてきた山本剛の作品であるが、やはりここでのトリオのリアリティは群を抜いて素晴らしい。情感あふれる山本のピアノの一音一音はもとより、香川裕史のベース、大隅寿男のドラムスも、まるで眼前でプレイしているような存在感をもって耳に届いてくる。他にも<ミッドナイト・シュガー>や<ジ・イン・クラウド><ガール・トーク>という、いずれもTBM盤のアルバム・タイトルになっていた山本の必殺曲ばかり。山本剛トリオの個性あふれる魅力を、究極の高音質フォーマットで味わうことができる。さらに、この時に演奏された2曲を加えてマスタリングをほどこしたCDも同時発売。リアリティ溢れるLPと、わずかにマイルドな響きをもったCD。両者を聴き比べるのも興味深いところである。

筆者紹介

岡崎正通

岡崎 正通

小さい頃からさまざまな音楽に囲まれて育ち、早稲田大学モダンジャズ研究会にも所属。学生時代から音楽誌等に寄稿。トラッドからモダン、コンテンポラリーにいたるジャズだけでなく、ポップスからクラシックまで守備範囲は幅広い。CD、LPのライナー解説をはじめ「JAZZ JAPAN」「STEREO」誌などにレギュラー執筆。ビッグバンド “Shiny Stockings” にサックス奏者として参加。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン理事。