第四十回
高音質アルバムとともに、オーディオの醍醐味にひたる②

2021.05.01

文/岡崎 正通

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今月もオーディオの楽しさを満喫することができた最新アルバムを3点。内容の素晴らしさもさることながら、少しでも良い音で聴きたいというオーディオファンを念頭において制作されたような感があるのが、嬉しいところである。

♯142 豪華な「ロング・バケーション」の40周年記念ボックス

A LONG VACATION BOX(ロング・バケーション)ボックス

「A LONG VACATION VOX(ロング・バケーション)ボックス」
(ソニーミュージックSRCL-12000~12008)

日本のポップス史に輝く大滝詠一の名盤「ロング・バケーション」がリリースされてから40年の歳月が流れたが、あふれんばかりの音楽的アイディアをもとにオーバーダビングを重ねて作り出された音楽は、今なおまったく色褪せることがない。そんな発売40周年を記念して4枚のCD、2枚のLPを中心にした豪華なボックス・セットがリリースされた。オリジナル・マスターから新たにリマスターされた「ロング・バケーション」CD1とともに、作品が誕生するまでの足跡を貴重な音源とともに大滝詠一のDJで綴るCD2。制作時のベーシック・トラックなどを収めたCD3、未発表に終わった英語デモ・バージョンも含むCD4。さらには5.1chサラウンド音源やハイレゾ音源を収めたブルーレイ・ディスクも付いていて、マニアには興味の尽きない内容。

そしてオーディオ的に圧巻なのが、オリジナル「ロング・バケーション」の10曲を収めた2枚の45回転LP。いくつかの45回転LPをこれまで紹介してきているが、ここでも45回転で回るLPレコードの素晴らしさを存分に楽しむことができた。録音がおこなわれた1980年といえば、まだ世の中にCDがなかった時代。もともとLPを念頭において作られたものとはいえ、当時のLPレコードと比べても音質の差は歴然。何回もダビングを繰り返して生まれた作品のもつ音数の多さがリアルに伝わってくるだけでなく、全体にサウンドが押し寄せてくるようなイメージ。細やかでありながらスケール感をもった音は、まさに細部までこだわり抜いた大滝詠一が意図したものでもあるのだろう。ほかにも豪華なブックレットやイラストブック、ポスターにカセットテープまで付いていて、商品としても面白いものになっているが、オーディオファンにはこの2枚のLPだけで、かけがえのない価値をもつものになっていると言えそうだ。

♯143 新たにマスタリングされた、晩年のノイマンの名演

ドヴォルザーク 交響曲第7番、8番、9番、スラヴ舞曲集/ヴァーツラフ・ノイマン指揮、チェコ・フィルハーモニー管弦楽団

「ドヴォルザーク 交響曲第7番、8番、9番、スラヴ舞曲集/ヴァーツラフ・ノイマン指揮、チェコ・フィルハーモニー管弦楽団」
(EXTON OVEP-00012)

チェコのプラハに生まれ、長い間にわたって名門チェコ・フィルハーモニー管弦楽団を率いた名指揮者のヴァーツラフ・ノイマン。その演奏会には何度か足を運んだ思いがある。同郷の作曲家ドヴォルザークの交響曲は、言うまでもなくノイマン~チェコ・フィルにとって十八番のレパートリーで、チェコ・スプラフォンには2度にわたる交響曲全集の録音が残されている。さまざまな指揮者による名吹き込みがあるドヴォルザークの名作であるが、やはりノイマンの演奏には、同地の音楽家ならではの素朴な飾らない美しさがあり、響きが柔らかく、温かく、聴いていて安心感があって、たっぷりと音楽の美しさに浸る思いがする。

本盤はノイマンが、日本のポニー・キャニオンからのアプローチによって録音した晩年の演奏で、特に「新世界より」の表題で知られる第9盤(1995年1月録音)に、ノイマンが到達したおだやかな境地がよく現れているように思う。当時も耳にしていたと思うが、今回驚いたのはプロデューサーの江崎氏が自ら新たにマスタリングをおこなうことによって、格段の音質向上がはかられている。虚飾のないナイーブでヒューマンな世界。タワー・レコードだけで販売される限定SACDのハイブリッド盤で、とびきりの音楽の美質に身を委ねたい。

♯144 ラフミックス盤もパッケージされている、大橋祐子の最新作

キス・オブ・ア・ローズ/大橋祐子

「キス・フロム・ア・ローズ/大橋祐子」
(寺島レコード TYR-1096)

オープニングのバラード<アイ・フォール・イン・ラヴ・トゥ・イージリー>の美しいピアノの響きに、ぐっと惹きつけられる。ライブ・ハウスを中心に活動を続けてきた実力派、大橋祐子のトリオによる最新作は、チャーリー・ミンガスの<直立猿人>からスティングの<イングリッシュマン・イン・ニューヨーク>などにオリジナルをまじえた、幅広い選曲も魅力。タイトル曲<キス・フロム・ア・ローズ>はイギリスのポップ・シンガー、シールの大ヒット曲。どれもリリカルでありながら、強い芯を感じさせる表現で聴かせてくれる。

そしてオーディオ的に興味深いのは、本盤に加えてもう一枚、ラフミックス盤が付属していること。ラフミックスというのはスタジオで収録された生の音で、正規にマスタリングがおこなわれる前の段階のものである。けっして厚化粧がほどこされる訳ではないものの、マスタリングによって微妙にバランスを調整したり味付けすることによって、パッケージ作品として完成されたものになる。ならば完成盤を聞けばよいということになるが、そもそもラフミックス段階の音を聴くチャンスはほとんどないので、これはこれで貴重な体験が楽しめるし、何よりも本盤が完成するまでのプロセスも味わえるというのがオーディオ的に大きなポイントになっている。このような企画は、もちろん音楽の中身が優れていなければ成り立たないが、詩的な抒情と力強さを兼ね備えている大橋トリオの音楽は、そんな試みにもベスト・マッチングである。

筆者紹介

岡崎正通

岡崎 正通

小さい頃からさまざまな音楽に囲まれて育ち、早稲田大学モダンジャズ研究会にも所属。学生時代から音楽誌等に寄稿。トラッドからモダン、コンテンポラリーにいたるジャズだけでなく、ポップスからクラシックまで守備範囲は幅広い。CD、LPのライナー解説をはじめ「JAZZ JAPAN」「STEREO」誌などにレギュラー執筆。ビッグバンド “Shiny Stockings” にサックス奏者として参加。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン理事。