第三十九回
高音質アルバムとともに、オーディオの醍醐味にひたる①

2021.04.01

文/岡崎 正通

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もう長い期間にわたって、コロナでの巣ごもり状態が続いている中で、少しでも良い音を聴こうとオーディオに熱中するのは悪いことではない。とくに高音質を打ち出しているパッケージ・ソフトの数々。多くのアルバムがリリースされる中で、とびきりの高音質盤を味わうというのは、まさに趣味のオーディオ世界の最高の贅沢である。

♯138 すべてが生々しいモービル・フィデリティ社、45回転の2枚組LP

明日に架ける橋/サイモン&ガーファンクル

「明日に架ける橋/サイモン&ガーファンクル」
(Mobile Fidelity UD1S 2-004)

1970年にリリースされてヒット・チャートのNo.1を10週間にわたって続け、グラミーの最優秀アルバムをはじめ6部門にも輝いたサイモン&ガーファンクルの名作を、モービル・フィデリティ社の手によって新たにリマスタリングされた45回転の2枚組LPで聴く。ウルトラ・ディスク・ワンステップと名付けられた工程は、オリジナルのマスターテープから作られたマザーから直接プレス。通常のLPよりも工程を省いたところから得られる効果は絶大なものがあって、何よりも響きが温かくて柔らかい。そしてリアリティあふれるサウンドは、まるでスタジオにいるかのよう。値段も高いが、その価値は十分にあって、いままで何回も耳にしてきた「明日に架ける橋」が半世紀の時を超えて、まるで新しい録音のように生々しい響きで再生されることに驚く。

タイトル曲でのラリー・ネクテルが弾くピアノのエコーを使った響きが、神々しいまでのサウンドとなって心に響く。<いとしのセシリア>の、お遊び的なリズムの生々しさ! <キーブ・ザ・カスタマー・サティスファイド>のシャープなブラスの響き。大ヒットした<コンドルは飛んで行く>や<ボクサー>を含め、今まで耳にしたことがなかったほどのリアリティあふれるサウンドが楽しめる。このあとグループを解散して、それぞれがソロ活動の道を歩むことになるS&Gであるが、アルバム全体からはグループとしての栄光とともに、あまりに高い完成度をもっているがゆえの、最後の余韻のようなものもリアルに感じとることができる。

♯139 シュトラウスの壮大なスコアの魅力が味わえるエソテリック盤

リヒアルト・シュトラウス:アルプス交響曲&変容/ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮.ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

「リヒアルト・シュトラウス:アルプス交響曲/ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮.ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団」
(Esoteric ESSG-90240)

1980年にドイツ・グラモフォンに録音された演奏は、この曲の代表的な名演として名高いものであるが、今回エソテリックがオリジナルからアップ・コンバートした96kHz 24bitマスターを使ってリマスタリングしたSACD、CDのハイブリッド盤が発売になった。いままでのCDと比べてもその違いは大きく、音の輪郭がくっきり出るとともに、オーケストラの響きがいっそう分厚くなったのが一聴してわかる。

アルプスの山の景観を愛し、南ドイツのガルミッシュに別荘を構えた大作曲家、リヒアルト・シュトラウスによって1915年に書かれた「アルプス交響曲」は、彼の作品の中でもひときわ大きな楽器編成をもっている一曲。ひとりの登山者が夜明けから登って頂上に着き、下山して夜を迎えるまでを描いたもので、聴き手は一人の登山者になった気持ちで一日の流れを楽しむことができる。途中の森や小川、お花畑などの描写。そして登山者を襲う雷雨や嵐。美しく神秘的でさえある日没。カラヤンの指揮は単なる情景描写に終わることなく、登山者の気持ちにまで踏み込んで、人間的な思いをエモーショナルに映し出してみせるのが素晴らしい。シュトラウスの壮大なスコアの魅力を今まで以上に味わわせてくれるのが、このエソテリック盤だと思う。

♯140 ジャズの濃密感をたっぷり味わえる、ビル・クロウの珍しいリーダー作

さよならバードランド/ビル・クロウ・カルテット

「さよならバードランド/ビル・クロウ・カルテット」
(ヴィーナス・レコード LP VHJD-189)

ミュージシャンの演じる音を生々しく捉えることで知られるヴィーナス・レコード。この春からスタートした“ヴィーナス・ジャズ・マスターピース LP コレクション”の第1回分の中に「さよならバードランド」が含まれている。もともとはビル・クロウが書いた「さよならバードランド」が出版され、村上春樹氏による日本語訳本が刊行されたのをきっかけに、著書の雰囲気も盛り込みながらアルバムを作ろうというアイディアのもとに録音が進められた。ビル・クロウはジェリー・マリガンやクラーク・テリーをはじめとする一流バンドで活躍した名ベーシストであるが、リーダー・アルバムを吹き込んだのはこれが初のことだったという。

録音は1995年で、ヴィーナスとしては初期の1枚ということになるが、サウンドの生々しさは今も変わらない。ビル・クロウの軽妙な安定感をもつベースの上に、カーメン・レギオのメロディックなテナー・サックスが乗ってくる。やや粗削りなトーンをもつレギオであるが、そのゾリッといた感じがリアリティをもって聴き手の耳に響いてくる。<ナイト・ライツ>はマリガンが書いたロマンティックなバラード。CDやSACDも出ているが、今回のカッティングにあたってはハイレゾ・デジタル音源から直接マシーンに繋いで作られたマスターからカッティングがおこなわれている。ずっしりした手応えを感じさせる180グラム重量LP盤で、大人のジャズの濃密感をたっぷり味わいたい。

♯141 ピアノとバンドネオンの組み合わせが生み出す豊饒な響き

ノン・ソロ・タンゴ~ライヴ/フィリッポ・アルリア~チェーザレ・キアッキアレッタ

「ノン・ソロ・タンゴ~ライヴ/フィリッポ・アルリア~チェーザレ・キアッキアレッタ」
(FONE SACD-214)

イタリア人のエンジニア、ジュリオ・チェーザレ・リッチによって1983年に設立された“FONE”は、当初から高音質にこだわって上質のアルバムを送り出しており、まさに現代の“高音質”のはしりになったレーベルと言ってもよいかもしれない。もっともチェーザレ・リッチの考える美音は、スタジオやホールの空気感を含めた響きの美しさを追及したもので、演奏の生々しさよりも空間を表現してゆくような指向をもっている。ヴィーナス盤とは真逆の方向性をもっているわけで、このあたりはいかにもヨーロッパ的な感性ということができるかもしれない。

演奏の会場になったのはトスカーナ州ポンテデーラにある自動車、オートバイ・メーカー、ピアッジョの本社に併設されているホールで、もともと工場だった建物を改装しただけあって、音の響きがとても深くて広い。そんなホールで演じられるフィリッポ・アルリアのピアノと、チェーザレ・キアッキアレッタのバンドネオンによる端正なデュオ。アストル・ピアソラの作品を中心に、<イル・ポスティーノ><ピンク・パンサー>など珠玉の選曲。ピアノとバンドネオンの組み合わせが生み出す豊饒な響きに、ゆったりと身を傾けたい。

筆者紹介

岡崎正通

岡崎 正通

小さい頃からさまざまな音楽に囲まれて育ち、早稲田大学モダンジャズ研究会にも所属。学生時代から音楽誌等に寄稿。トラッドからモダン、コンテンポラリーにいたるジャズだけでなく、ポップスからクラシックまで守備範囲は幅広い。CD、LPのライナー解説をはじめ「JAZZ JAPAN」「STEREO」誌などにレギュラー執筆。ビッグバンド “Shiny Stockings” にサックス奏者として参加。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン理事。