第三十八回
チック・コリアの素晴らしい業績に思いを寄せる

2021.03.01

文/岡崎 正通

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偉大な業績をのこした素晴らしいミュージシャンが亡くなってゆくのは本当に寂しいことだが、この2月9日にチック・コリアの訃報を耳にして、寂しさとともに痛みを覚えずにはいられない。今年のグラミー賞にもノミネートされていたことでも分かるように、まだまだ元気に第一線での活躍を期待されていただけに、その衝撃も大きい。60年代半ばに第一線にデビューして以来、いつも時代の最先端を歩んで、新しい響きを切り開いていったチック・コリア。そんなチックとほぼ同世代に生きてこられたことにも、改めて感慨を覚えるとともに、大きな幸福感をかんじている。そして彼の死のニュースを耳にして、あらためて素晴らしい業績の数々にも思いを寄せてみる。(♯40も参照されたい)

♯134 ロマンと冒険心あふれる、チック60年代の代表作

ナウ・ヒー・シングス、ナウ・ヒー・ソブス

「ナウ・ヒー・シングス、ナウ・ヒー・ソブス」
(Solid State ⇒ ユニバーサル・ミュージック UCCU-5793)

これ以前にもチック・コリアのリーダー作はあったものの、彼の存在を多くの人々に強烈に焼き付けることになったのが、この68年のトリオ・アルバムではなかっただろうか。このときチック・コリアは27才。自由なハーモニーと斬新な音使い、さらに大胆な演奏の流れは、それまでのモダン・ジャズのピアノ・トリオとは一線を画していて、目の前の霧が晴れたように新しい世界が開けてゆくのを感じさせたものだ。

加えてラテンの血を引くチック独特のリズミックなセンスも全開! 若さと情熱をいっぱいに振りまきながら、ジャズの最前線を突き進んでゆくチックのプレイは、わくわくするような期待も感じさせた。あふれんばかりのロマンと冒険心。ベースのミロスラフ・ヴィトゥス、ドラムのロイ・ヘインズとのコンビネイションも、じつにスリリング。これらの演奏が今日の耳にも、とびきりフレッシュに響いてくるというのも、大きな驚きだ。

♯135 楽園的な美しさあふれる大ヒット・アルバム

リターン・トゥ・フォーエヴァー

「リターン・トゥ・フォーエヴァー」
(ECM ⇒ ユニバーサル・ミュージック UCCU-5727)

カモメのジャケットとしても有名な70年代初めの人気アルバム。あまりにポピュラーなものであるとはいえ、チックを思うときにこの一作を外すわけにはゆかない。実験色の濃かった“サークル”を解散させて一転、チックが結成した明るくさわやかな響きをもつ“リターン・トゥ・フォーエヴァー”。バンドの耳当たり良いサウンドは、ジャズという範疇を超えて多くの人々にアッピールする大ヒット・アルバムになった。“リターン・トゥ・フォーエヴァーは、美と幸福感を追い求めるという原点に立ち返って編成したバンドなんだ”とチックは振り返って言っている。

エレクトリック・ピアノのナチュラルな響き。さわやかなジョー・ファレルのフルートとサックス。パーカッションのフローラ・プリムが聴かせるクールな歌声とともに、5人のメンバーが一体になって楽園的な音楽が生み出されてゆく。ハートフルな温かさとともに深い表現に打たれる<クリスタル・サイレンス>。そしてアルバムは夢見るようにロマンティックな<サムタイム・アゴー>から<フィエスタ>へと続いてゆく。どこまでも優しく、明るく、美しい本作を、一抹の寂しさとともに耳にすることになろうとは、まったく当時は思いもつかなかったことである。

♯136 スリリングなアコースティック・ジャズ

スリー・カルテッツ+4

「スリー・カルテッツ+4」
(Stretch ⇒ ユニバーサル・ミュージック UCCU-6220)

本作が録音された1981年頃は、フュージョンと呼ばれたスタイルの音楽が隆盛をきわめた時期に当たっている。チック自身もさまざまな編成で多彩なサウンドを探求していったのだったが、ここではテナー・サックスのマイケル・ブレッカーやドラマー、スティーブ・ガッドなど、同じようにジャズ=フュージョンを行き来しながら演奏をおこなっていた凄腕プレイヤーと共に、目の醒めるように鮮やかなメインストリーム・ジャズを演じてみせる。

エッジの効いたサウンド、切れ味の良いビートとともに、4人のプレイヤーの個性がせめぎ合ってゆくような展開が、とてもスリリング。アルバム・タィトルは“カルテット”と名付けられたチックの作品が3曲演奏されるところから付けられているが、CDの時代になって同じ日に吹き込まれた未発表の4曲が追加収録されることになった。ハードな<カルテットNo.1~No.3>に加えて追加曲のほうでは、ややくつろいだ感じの中に、メンバーの奔放なソロが繰りひろげられてゆくのが大きな聴きどころになっている。

♯137 成熟した大人のサウンドを感じさせるピアノ・トリオ演奏

チック・コリア・アコースティック・バンド LIVE

「チック・コリア・アコースティック・バンド LIVE」
(ユニバーサル・ミュージック UCCJ-3040~41)

1980年代の半ばにチック・コリアは、ベースのジョン・パティトゥッチ、ドラマーのデイヴ・ウェックルとともに“エレクトリック・バンド”と“アコースティック・バンド”というふたつのグループを編成して演奏活動をおこなっていた。このあたりにも型にはまることなく、自由に音楽を創造してゆくチックのスタンスが良く現れている。本アルバムは2018年、久しぶりに顔を合わせた“アコースティック・バンド”によるコンサートのライブ盤。

最高の実力をもった3人の共演は、以前と比べてもいっそうの味わいと深みを加え、豊かな音楽的対話の中に余裕すら感じさせて、成熟した大人のサウンドが生み出されてゆく。チックのバラード・ソロからの流れが美しい<イン・ア・センチメンタル・ムード>、得意のスパニッシュ・タッチから広がる哀感にも心打たれる<ルンバ・フラメンコ>や、詩情あふれる<サマー・ナイト>。今は亡きチックの、たった3年前の演奏とは思えないほど、ピアノ・タッチは瑞々しい感覚に溢れていて、胸に迫るものがある。

筆者紹介

岡崎正通

岡崎 正通

小さい頃からさまざまな音楽に囲まれて育ち、早稲田大学モダンジャズ研究会にも所属。学生時代から音楽誌等に寄稿。トラッドからモダン、コンテンポラリーにいたるジャズだけでなく、ポップスからクラシックまで守備範囲は幅広い。CD、LPのライナー解説をはじめ「JAZZ JAPAN」「STEREO」誌などにレギュラー執筆。ビッグバンド “Shiny Stockings” にサックス奏者として参加。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン理事。