第四十六回
ジャンルを超えたピアノ・アルバム
 ~コロナ禍の中で

2021.11.01

文/岡崎 正通

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“どんな状況にあっても、音楽が止まることはない”。コロナ禍の中で活動が制限される中、ミュージシャンが発信していった力強いメッセージには大いに心打たれるものがあった。それぞれがさまざまな思いとともに音楽に立ち向かっていったのだと思うが、そんな音楽家としての矜持のようなものがはっきりと示されたアルバムを、いくつか挙げてみたい。

♯160 ジャンルを超えた、小曽根真のソロ・ピアノ・アルバム

小曽根真/OZONE 60

「小曽根真/OZONE 60」
(ユニバーサルミュージック UCCJ-2190~91)

コンサートやライブなどが相次いで中止を余儀なくされた中で、いち早く2020年春から“ウェルカム・トゥ・アワ・リビングルーム”というコンセプトのもと、53日間にもわたって毎日、自宅からライブ配信を続けていったピアニストの小曽根真。そこには“どんな境遇にあっても音楽が止むことはない”という、強烈な意思の力を感じたものだ。

2020年の11月29日~12月2日にかけて録音された本作は、60歳を迎えた小曽根真による2枚組ソロ・ピアノ・アルバム。1枚目は“クラシック+即興”と名付けられて、ラヴェルやモーツァルト、プロコフィエフなどのクラシック曲を素材に即興を加えた演奏。スタインウェイとヤマハの2台のピアノを弾き分けた<2台のピアノによる即興>なども含まれる。「ソングス」と名付けられている2枚目は、小曽根のオリジナル曲ばかり。1枚目がクラシック・サイド、2枚目がジャズ・サイドということもできるが、聴きようによってはクラシック曲のほうにジャズ的な即興の味わいを感じ、ジャズ曲のほうにクラシック的な構築美を感じるというのも興味深いところである。“どんな壁も越えて行ける歓びに満ちた音楽を、これからも創り続け、奏で続けます”という小曽根真。ジャンルを超えた作品で、彼のキャリアの中でもモニュメンタルな意味をもつ作品になっている。

♯161 ピアノと弦楽4重奏が一体になった“ザ・ピアノ・クインテット”

上原ひろみ ザ・ピアノ・クンテット/シルヴァー・ライニング・スイート

「上原ひろみ ザ・ピアノ・クインテット/シルヴァー・ライニング・スイート」
(ユニバーサルミュージック SACD ⇒ UCGO-9056,CD ⇒ UCCO-8042~43)

コロナによって多くのライブハウスやクラブが営業の短縮をしなければならなくなった中にあって、上原ひろみが“ブルーノート”に長期にわたって出演したことは、大きな話題とインパクトを与えた出来事だった。もちろん実力と人気があってのことには違いないが、それにおもねることなく、いつも新しいものを創り出してゆくスタンスが、ファンにいっそうの共感も与えたに違いない。“この時代に、自分には何が出来るだろうかということを、ずっと考えていました”という上原が出した答えが、可能な限りライブをやることと、作品を書くことだったという。

そんな彼女がペンをふるって編成した“ピアノ・クインテット”はピアノ+弦楽4重奏という編成。昨年(2020年)12月末から今年の1月4日まで、8日間にわたってのブルーノート公演を終えたあとに、ステージで演じられた曲を中心にスタジオで収録された。中核になっているのは“孤立~未知のもの~漂流者たち~不屈の精神”という4つのパートからなる<シルヴァー・ライニング組曲>だが、他の曲も緻密なアレンジとともにピアノと弦が共鳴し合いながら音楽が進んでゆくのが、じつにスリリング。上原を中心に5人のメンバーが一体になって、未知のサウンドが生み出されてゆく。SACDとCDがリリースされていて、高音質のSACDが魅力だが、CDのほうには“ブルーノート”で演じられた“バラーズ”と名付けられたソロ・パフォーマンスからの8曲を収めたものが、ボーナス・ディスクとして付けられている。

♯162 メルドーの心の中に浮かび上がった心象風景

ブラッド・メルドー/組曲:2020年4月

「ブラッド・メルドー/組曲:2020年4月」
(Nonesuch ⇒ ワーナーミュージック WPCR-18355)

ブラッド・メルドーもまた、現代の音楽シーンの最前線をゆくピアニストのひとり。オルフェウス室内楽団と共演した最新作「バリエーションズ・オン・ア・メランコリー・テーマ」からも分かるように、とくに近年はジャズとクラシックの境界を取り払うような活動もおこなってみせている。このアルバムは2020年4月、コロナ禍のパンデミックの中で自粛生活を送っていたメルドーが、思いや感じたことをメロディーに綴った12のオリジナル曲が中心になっている。まだコロナが流行の兆しをみせ始めた頃のものとはいえ、心の中に浮かび上がった心象風景が描かれた演奏は、きわめてプライベートな心情を綴ったものでありながらも、普遍的な音楽としての共感を呼ぶものになっている。

人と人とが距離をおかなければならなくなった現実を音詩にした<キーピング・ディスタンス>。ほんの少し前にあった日常さえもが遠い昔のように思えるという心の痛みを表現した<リメンバリング・ビフォア・オール・ディス>。どれもが思索的で、どこかに時代の陰りを感じさせるものばかり。そしてラストにおかれたニール・ヤング<ブリング・ユー・ダウン>、ビリー・ジョエル<ニューヨークの想い>と、ジェローム・カーンの<幸せを求めて>の3曲。旋律を慈しむように弾いてゆくメルドーのタッチが、こよなく美しい。

筆者紹介

岡崎正通

岡崎 正通

小さい頃からさまざまな音楽に囲まれて育ち、早稲田大学モダンジャズ研究会にも所属。学生時代から音楽誌等に寄稿。トラッドからモダン、コンテンポラリーにいたるジャズだけでなく、ポップスからクラシックまで守備範囲は幅広い。CD、LPのライナー解説をはじめ「JAZZ JAPAN」「STEREO」誌などにレギュラー執筆。ビッグバンド “Shiny Stockings” にサックス奏者として参加。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン理事。