ジャンルを超えた音楽評論家、オーディオ評論家などの選考によって毎年選出される“ミュージック・ペンクラブ音楽賞”は、以前に♯247 ♯248、♯249で、2023年度の受賞作をご紹介している。また2024年度のポピュラー音楽部門“最優秀作品賞”に選ばれたのは、渡辺貞夫の「ピース」だった。そして2025年度の受賞作が発表されて、この4月に授賞式がおこなわれている。その中から、いくつかの受賞アルバムをピックアップしてみよう。
「Prema/藤井風」
(ユニバーサルミュージック UMCK-1798)
多くの素晴らしいJ-POPアルバムがリリースされる中で、わが国のポップス界を代表するアーティストのひとり、藤井風が2025年秋にリリースした「Prema」が、ポピュラー音楽部門の“最優秀作品賞”に選ばれた。前作から3年ぶり、3作目になるアルバムは、すべて英語の歌詞で歌われている。
タイトルの「Prema」とは、サンスクリット語で“無私の愛”の意味で、アルバムを通じて“愛”の本質に迫る問いかけがなされている。タイトル曲をはじめ、人間が内側にもっている愛の本質をテーマにした<Love Like This>や、愛の相対性を唄う<You>、魂は老いることなく、愛は永遠という意味を込めた<Forever Young>まで、スピリチュアルな内容をもった曲がストーリーのように続けられる。深い精神性を含んだ作品であるにも関わらず、音楽そのものはダンサブルな響きをもった親しみ易いものばかり。ポップなサウンドとともに、世界にアッピールする普遍的なメッセージを提示したものである点が、ペンクラブ会員からも高く評価されたようだ。
「ウィズアウト・ファザー・アドゥVol.1/クリスチャン・マクブライド」
(Mack Avenue ⇒ キング・レコード KICJ-877)
現代のトップ・ベーシスト、クリスチャン・マクブライドのアルバムは、すでに本コラムでもいくつか紹介してきている(♯182、♯197)。そんなクリスチャンが率いるオーケストラに、一曲毎にトップ・シンガーが加わるという豪華な企画性をもった最新作が、ポピュラー音楽“インターナショナル部門賞”を受賞した。
オープニング曲<マーダー・バイ・ナンバーズ>は人気ロック・バンドだった“ポリス”83年の曲で、ここではスティングのボーカルのほか、ギタリストのアンディ・サマーズも参加。続く<バック・イン・ラヴ・アゲイン>のボーカルはジェフリー・オズボーン。ジェフリーがリード・ボーカルをつとめていた“L.T.D”77年の大ヒット曲だけに、とびきりダンサブルなものになっている。ジャズ・ボーカリストではサマラ・ジョイが歌う<オールド・フォークス>。“こんなに若いのに、まるでベテランのように聴こえるのは、ちょっと不思議な感じがするね。25年、30年後に彼女がどんな歌手になってゆくのか、想像もつかないよ”とクリスチャンが言っていた。ほかにも話題のホセ・ジェイムス、セシル・マクロリン・サルヴァントからベテランのダイアン・リーヴスまでが一堂に会して、それぞれに魅力を振りまいてゆくのは、まさに壮観!もちろんクリスチャンのビッグバンドが放つ熱量も並みのものではない。そしてラストはクリスチャンのオリジナル<コールド・チキン・スイート>の第3楽章がオーケストラによって演じられる。本作は今年度のグラミー賞でも“ベスト・ラージ・ジャズ・アンサンブル・アルバム”に輝いていることを付け加えておきたい。
「SHIKIORI 想帰庵/シーネ・エイ~ヤコブ・クリストファーセン」
(Tokyo M-Plus JSTUCD-25032)
デンマークのシンガー、シーネ・エイ(Sinne Eeg)とピアニストのヤコブ・クリストファーセン(Jacob Christoffersen)が2024年秋に来日した折に、“想帰庵(SHIKIORI)”で録音したアルバムが、オーディオ部門の“録音作品賞”に輝いた。透明感あふれる歌声と共に温かい表情で聴かせてゆくシーネ・エイ。いっぽうのヤコブのピアノも単なる伴奏でなく、自由にイメージを膨らませながら美しいコラボレイションを演じてみせる。
福岡県の農村に佇む“想帰庵(SHIKIORI)”は、コントラバス奏者の松永誠剛氏が、築150年になるという古民家を改装して作った音楽スペース。ここをシーネとヤコブが初めて訪れたのは10年以上前のことで、その後も来日を重ねたふたりが“ぜひ想帰庵(SHIKIORI)で録音したい”と望んだことから、アルバムの制作が実現した。そんな“特別な空間”は、静謐な抒情が漂うふたりの音楽にぴったりのものがあって、スタジオとは違う空気感が鮮やかに捉えられているあたりが受賞に結びついた。シーネの曲作りのセンスが良く出ている<ルージング・ユー>や<ドント・ビー・ソー・ブルー>。そして<蛇>(Hebi)は、この地を彼女が初めて訪れた時の記憶から生まれた曲だという。ヤコブの作品も、同じ時の印象を綴った<そばの花>(Soba Flower)など4曲。さらに<ラッシュ・ライフ><バット・ノット・フォー・ミー>などのスタンダードも5曲含まれる。オーディオ的には専門家から“再生の精度が上がるほど、歌声が浮き上がって瑞々しい生命を得て飛翔する。オーディオシステムの試金石”と評されている本作品。ボーカルとピアノのデュオという小編成であるからこその、空間の表現描写が試されるということなのだろう。
小さい頃からさまざまな音楽に囲まれて育ち、早稲田大学モダンジャズ研究会にも所属。学生時代から音楽誌等に寄稿。トラッドからモダン、コンテンポラリーにいたるジャズだけでなく、ポップスからクラシックまで守備範囲は幅広い。CD、LPのライナー解説をはじめ「JAZZ JAPAN」「STEREO」誌などにレギュラー執筆。ビッグバンド Shiny Stockings にサックス奏者として参加。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン理事。