第百回
マイルス・デイビス生誕100
 ~マイルスの名盤を最新のモノラルLPで聴く

2026.05.01

文/岡崎 正通

ジャズ界に大きな足跡をのこしたトランペッター、マイルス・デイビスは1926年5月26日生まれ。今年はマイルスの生誕100年の年に当たっている。そんなマイルスの不滅の名盤の数々を、近年にリマスターされたLP。それもモノラル音源で、あらためて聴いてみる。ソニーミュージックから“ジャズ・アナログ・レジェンダリー・コレクション”としてリリースされているLPアルバムの数々。マイルスの演奏がにわかに注目されるようになっていった1950年代半ば頃は、まだモノラル・レコードが主力の時代だった。ステレオ機器が出回り始めていたものの本格的に普及していたとは言えず、主流はあくまでモノラル。のちにステレオ盤が一般的になっていったものの、いまなおオリジナル・モノラル盤の価値は高い。今回の3枚は、いずれもソニーミュージックの手によって新たにマスタリング~カッティングがおこなわれ、最新リリースされたモノラル・アルバムである。

♯322 マイルスが描き出す、真夜中の幻想的な世界

ラウンド・アバウト・ミッドナイト/マイルス・デイビス

「ラウンド・アバウト・ミッドナイト/マイルス・デイビス」
(ソニーミュージック SIJP-1024)

マイルス・デイビスの名を一躍高めることになった「ラウンド・アバウト・ミッドナイト」。マイルスが米国コロムビア・レコードと契約して吹き込んだ最初の作品で、録音は1955年秋から3回に分けておこなわれている。

タイトル曲はセロニアス・モンクによって書かれた名曲で、マイルスのトランペットが真夜中の幻想的な雰囲気をあますところなく描き出す。すでにミュート(弱音器)をつけた吹奏に独自の表現世界を確立していたマイルス。テーマのあと、ホーンがダイナミックな咆哮を聴かせて、コルトレーンの力強いテナー・ソロが出るスリリングな演出!それらがスピーカーのど真ん中から飛び出してくる快感は、モノラルならではのものがあると言えよう。やはりミュートで軽快に演じられる<オール・オブ・ユー>や、スウェーデン民謡<ディア・オールド・ストックホルム>など、すべての演奏にマイルスならではの美学が凝縮されている。当時のコロムビアはステレオ録音に関心をもっていたものの、まずクラシック音楽のレコードからステレオ化していった為に「ラウンド・アバウト・ミッドナイト」のオリジナル盤はモノラルのみ。本LPはそのオリジナル・テープを使ったマスター音源を基に、丁寧に制作されたものである。

♯323 マイルス=ギル・エヴァンスによる壮大な“スペインの叙情詩”

スケッチ・オブ・スペイン/マイルス・デイビス=ギル・エヴァンス

「スケッチ・オブ・スペイン/マイルス・デイビス=ギル・エヴァンス」
(ソニーミュージック SIJP-1169)

マイルス・デイビス=ギル・エヴァンスのコラボレイションによって生み出された“スペインの叙情詩”ともいうべき「スケッチ・オブ・スペイン」。個性的なアレンジャーであるギルとマイルスとの交流は1940年代の後半、マイルスがギルのアパートに出入りしてアイディアを交換していった頃に始まっているが、そんなふたりの協業は50年代の後半になって大きな実を結ぶことになる。「マイルス・アヘッド」(57年録音)「ポーギーとベス」(58年録音)と共に“マイルス=ギルの3部作”と呼ばれることもある「スケッチ・オブ・スペイン」。アルバムの中核をなす<アランフェス協奏曲>は、スペインの作曲家ホアキン・ロドリーゴによって1939年に書かれた名作で、この曲のレコードを耳にしたマイルスは大きな感銘を受けて、すぐにレコーディングを決意。ギルにアレンジを頼んで録音に臨んだ。

マイルス=ギルが取り上げたのは第2楽章の部分。原曲は10分弱の長さしかないが、ギルは中間部を拡大して16分を超す壮大な作品に作り替えている。ほかにもファリアの曲にアプローチした<ウィル・オ・ザ・ウィスプ>、フラメンコにヒントを得たギルのオリジナル<ソレア>など、スパニッシュ・カラーが横溢した作品ばかり。「スケッチ・オブ・スペイン」は60年にアメリカでモノラルとステレオ盤がリリースされ、日本でもモノラルとステレオ盤が同じ頃に発売になったが、ステレオが一般化してゆくにつれ、逆にモノラルが貴重なものになっていた。今回はとても良い状態で保管されていたモノラルのオリジナル・マスターテープの音からリマスタリング、カッティングがなされている。

♯324 ディズニー映画の主題曲をタイトルにした屈指の人気作

サムデイ・マイ・プリンス・ウィル・カム/マイルス・デイビス

「サムデイ・マイ・プリンス・ウィル・カム/マイルス・デイビス」
(ソニーミュージック SIJP-1021)

ウォルト・ディズニーの映画「白雪姫」(Snow White)の主題曲をタイトルにした61年録音の本アルバムもまたマイルスの人気作の一枚。ディズニー・アニメの音楽の多くを手がけたフランク・チャーチルによって書かれた愛らしいメロディーを、マイルスはミュートをつけて吹き、第一級のジャズ演奏に仕立ててみせている。当時のマイルスのレギュラー・クインテットによる演奏で、ゲストとして2曲にジョン・コルトレーンが参加する。ハード・バップの香りを色濃く感じさせるレギュラー・テナーのハンク・モブレイに対して、一歩突き抜けた激しい音使いを聴かせるコルトレーン。そんなふたりのテナー・スタイルの対比も面白いところだろう。

他にも静謐なバラード曲<オールド・フォークス><アイ・ソート・アバウト・ユー>やスパニッシュ・モードを使った6拍子の<テオ>、ジャケットにも写っている当時のマイルス夫人、フランシス・テイラーに捧げられた<プフランシング>など、聴きどころは多い。アメリカでは62年にモノラル、ステレオ盤が同時リリースされたが、以後モノラルの復刻はほとんどなかっただけに、このモノラル仕様盤はとても価値あるものと言えそうだ。本盤は2020年にリリースされたものの、限定仕様だったために入手困難な状態が続いていた。このたびアンコールプレスされて7月には再び店頭に並ぶことになる。

筆者紹介

岡崎正通

岡崎 正通

小さい頃からさまざまな音楽に囲まれて育ち、早稲田大学モダンジャズ研究会にも所属。学生時代から音楽誌等に寄稿。トラッドからモダン、コンテンポラリーにいたるジャズだけでなく、ポップスからクラシックまで守備範囲は幅広い。CD、LPのライナー解説をはじめ「JAZZ JAPAN」「STEREO」誌などにレギュラー執筆。ビッグバンド “Shiny Stockings” にサックス奏者として参加。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン理事。