第七十五回
ミュージック・ペンクラブ音楽賞、
2023年度の受賞作を聴く

2024.04.01

文/岡崎 正通

音楽評論家、オーディオ評論家、研究者、プロデューサーなど160名ほどの会員からなる“ミュージック・ペンクラブ・ジャパン”。クラシック、ポピュラー、オーディオの3つの部門に分かれた会員の投票によって選ばれる“ミュージック・ペンクラブ音楽賞”も、今年で36回を迎えた。筆者も会員として投票に参加させていただいている。そしてジャンルを超えて選ばれた優秀作の数々。クラシック部門は音楽家個人やグループに贈られるものが多いので、ここではポピュラー、オーディオ部門で選ばれた秀作をご紹介したい。

♯247 ビートルズの名曲の数々を新マスタリングで聴く

ザ・ビートルズ1962-1966年、1967-1970年(2023エディション)

「ザ・ビートルズ1962-1966年、1967-1970年(2023エディション)」
(ユニバーサルミュージック UICY-16200~01、16202~03)

オーディオの“録音作品部門”に「ザ・ビートルズ1962-1966年、1967-1970年」が選ばれたのは、ちょっと意外な気がしないでもない。もちろんビートルズの偉大さは今もまったく変わっていないし、彼らが残した楽曲の数々は今日の音楽にも大きな影響をもたらしている。加えて昨年(2023年)はジョン・レノンが残した音源をもとにした新曲<ナウ・アンド・ゼン>もリリースされたりして、話題にも事欠かなかった。しかし昨年11月に発売された、この赤盤(1962-1966年)、青盤(1967-1970年)がオーディオ部門で受賞したのは、とても感慨深いものがある。振り返ってみれば赤盤、青盤として知られるアルバムは1973年にそれぞれLP2枚組で発売になったビートルズのコンピレイション・ベスト盤。当時は手軽にビートルズの楽曲を楽しめる、いわばビートルズ入門用のアルバムとして多くの音楽ファンに知られたものだった。

その後CD時代になってビートルズの作品は何回かリマスタリングがおこなわれて、音質も少しずつ変わったりしていったが、この2023年エディションではオリジナルの赤盤、青盤にそれぞれ9曲、12曲を追加した上で、これまでもビートルズ音源のリミックスを手がけてきたジャイルズ・マーティンとエンジニア、サム・オケルによる新たなマスタリングがほどこされている。各楽器やボーカルを分離して取り出す技術を使ったところから、それぞれの楽器の音が実にクリアー。初期の荒っぽいミックスに比べるととてもバランスが良く、ボーカルも楽器も前に出てジョン、ポール、ジョージ・リンゴの4人が鮮やかに定位、それに伴ってぐっと存在感が増している。おそらく往時のビートルズを知らない若い人々にもアッピールする狙いをもっているのだろう。そんな“新しい”ビートルズのサウンドが、多くのオーディオ評論家の評価を得たというのも、なるほどとうなづける。青盤のほうには<ナウ・アンド・ゼン>も収録。ヒット曲満載の「赤盤」ももちろん聴きものだが、個人的にはスタジオでの凝った音創りへと進んでいった60年代後期、「青盤」時代の新リミックスがとても興味深かった。

♯248 プレイする喜びがひしひしと伝わってくる松井秀太郎のデビュー作

ステップス・オブ・ザ・ブルー/松井秀太郎

「ステップス・オブ・ザ・ブルー/松井秀太郎」
(エイベックス・クラシックス AVCL-84147)

若手ミュージシャンの台頭が著しい今日の日本ジャズ界にあってもトランペッター、松井秀太郎はもっとも注目されるべきひとりで、ポピュラー音楽部門の“新人賞”に輝いた。今回は個人での受賞になるが、昨年7月にリリースされたデビュー作「ステップス・オブ・ザ・ブルー」を聴く。

1999年生まれで、国立音大の付属高校でクラシック音楽を専攻したあと、大学ではジャズを専修して首席で卒業というキャリアをもつ松井のトランペットは、トーンが伸びやかでじつに美しい。そして何よりも音楽をプレイする喜びが、どの演奏からもひしひしと伝わってくる。いきなり鮮烈なドライブを伴ってフレーズが放射されるオープニング曲<ヒプノシス>。ディキシーランド風の響きが楽しいアルバムのタイトル曲。詩情あふれるバラード曲<トラスト・ミー>。そして超絶テクニックを聴かせるチャイコフスキー「白鳥の湖」からの<ネアポリアン・ダンス>など、タイプはさまざまであるものの、いずれも自身の個性に染め上げてゆくあたりの屈託のなさが、とても清々しい。若手のホープとして今後の活動に大いに注目してゆきたい。

♯249 鉄壁のローリング・ストーンズ・サウンド

ハックニー・ダイヤモンズ/ローリング・ストーンズ

「ハックニー・ダイヤモンズ/ローリング・ストーンズ」
(ユニバーサルミュージック UICY-16194)

ポピュラー部門の最優秀作品賞に選ばれたのは、挟間美帆さんの「ビヨンド・オービット」で、これは昨年10月(♯230)にご紹介している。やはりポピュラー部門の“インターナショナルの部”に、同じ頃リリースされたローリング・ストーンズのバリバリの新作が選ばれた。若いアーティストたちの作品をおさえて彼らのアルバムが選ばれたのは、もちろんバンド結成から60年を超える重みによるところもあるだろう。

ミック・ジャガー、キース・リチャーズ、ロン・ウッドによる重厚なビートに乗せて、これでもかと押しまくる鉄壁のストーンズ・サウンドはもちろん健在だ。2016年に「ブルー&ロンサム」をリリースしたが、そちらはブルース曲のカヴァーだったので、オリジナル・アルバムとしては「ア・ビガー・バン」以来、じつに18年ぶり。元メンバーだったビル・ワイマンが参加している曲や、2021年に亡くなったドラマー、チャーリ・ワッツのプレイをフィーチュアした2曲。さらに<スウィート・サウンズ・オブ・ヘヴン>にはレディ・ガガとスティービー・ワンダーが参加。ポール・マーカットニーがベースを弾く曲や、ピアノにエルトン・ジョンが加わる曲もあったりと話題性も十分。彼らのルーツというべき<ローリング・ストーン・ブルース>も含まれる。通常バージョンのほかに、さらに発売に合わせてニューヨークの小さなクラブでおこなわれたサプライズ・ライブも収めた“2CDライブ・エディション”(UICY-80376~7)もリリースされている。

筆者紹介

岡崎正通

岡崎 正通

小さい頃からさまざまな音楽に囲まれて育ち、早稲田大学モダンジャズ研究会にも所属。学生時代から音楽誌等に寄稿。トラッドからモダン、コンテンポラリーにいたるジャズだけでなく、ポップスからクラシックまで守備範囲は幅広い。CD、LPのライナー解説をはじめ「JAZZ JAPAN」「STEREO」誌などにレギュラー執筆。ビッグバンド “Shiny Stockings” にサックス奏者として参加。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン理事。