第四十四回
SACD~シングルレイヤー盤の世界

2021.09.01

文/岡崎 正通

オーディオの楽しみにあっても“SACD~シングルレイヤー盤”の美音を耳にするのは、極上の喜びではないだろうか。シングルレイヤーとは、高音質な2chSACD層だけに特化したディスクのことで、一般的なCD層はもっていない。だからSACDに対応したプレイヤーを用意しなければならないが、良質なSACD対応プレイヤーで再生した時には、何ものにも代えがたい感動を得ることができる。一般的なCD層とSACD層との二重構造をもつハイブリッド型と比べても数倍の反射率を確保していて、究極の美音を求める音楽ファンやオーディオマニアから熱烈な支持をあつめてきた。そんなSACDシングルレイヤー盤の中から、中味も充実していて、たっぷりと高音質の世界にひたることのできる秀作アルバムをピックアップした。

♯154 ロマンティックな香気と冒険心にあふれた、珠玉のデュオ・アルバム

クリスタル・サイレンス/チック・コリア&ゲイリー・バートン(SACD~シングルレイヤー盤)

「クリスタル・サイレンス/チック・コリア&ゲイリー・バートン(SACD~シングルレイヤー盤)」
(ユニバーサルミュージック UCGU-9063)

ピアニストのチック・コリアとヴィブラフォーン奏者、ゲイリー・バートンによって1972年秋、ECMレーベルに吹き込まれた珠玉のデュオ・アルバムが、“SACD~シングルレイヤー”仕様で再発された。シングルレイヤーは、響きの美しさを重視してきたECMにはぴったりのものがあるようで、ふたりが繰りひろげる豊かな感情の交感から瑞々しい空気が立ち込めてくる。しっかりした音の芯がありながらも、全体に響きが柔らかいものになっているのは、やはりシングルレイヤーの成果と言えるだろう。<セニョール・マウス>や<フォーリング・グレイス>などでの、ふたつの楽器のスリリングな絡み合い。宝石のようなタイトル曲<クリスタル・サイレンス>からは、思いを同じくするふたりのプレイヤーの感情交差から生まれる気配までもが、ひしひしと伝わってくる。サウンドの透明感はもとより、プレイヤーが心に秘めているエモーションがストレートに感じられて、感動を新たにする。

ECMの主宰者でもあるプロデューサー、マンフレッド・アイヒャーは、第三者に音源を触らせなかったことでも知られているが、今回は信頼するエンジニア、クリストフ・スティッケルがオリジナルのアナログ・マスターからDSDへトランスファー。まるで録音スタジオに居合わせているかのような楽器のリアル感だけでなく、バランスのとれた美しい空間表現を聴くことができる。ロマンティックな香気と冒険心にあふれた演奏を、あらためて最高の音質で味わいたい。

♯155 イタリア人、実力派ジャズ・シンガーの好アルバム

セイヴ・ユア・ラブ・フォー・ミー/クラウディア・ザンノーニ(SACD~シングルレイヤー盤)

「セイヴ・ユア・ラブ・フォー・ミー/クラウディア・ザンノーニ(SACD~シングルレイヤー盤)」
(Venus VHCD-1288)

イタリア人ボーカリスト、クラウディア・ザンノーニは、エラ・フィッツジェラルドやアニタ・オデイなどの影響を感じさせる本格派。ミラノの広告代理店に勤めながらジャズ・ボーカルを学んで、いくつかの賞を得たあと、およそ20年もの下積みキャリアを経て2020年9月に「ニュー・ガール・イン・タウン」でデビューを飾った。本作品は、その年の12月に録音された彼女のセカンド・アルバムで、バラードやメディアム・テンポの曲を中心に、ジャジーな香りを生かしながら素直に歌ってゆくのが、とても好感がもてる。

バックにストリングスを従えたムーディでゴージャスなサウンド。ヴァースから歌い始められる<アイ・フォール・イン・ラブ・トゥー・イージリー>のロマンティックな表情を聴けば、彼女が確かな表現力をもった実力派シンガーであることがわかるだろう。ナット・キング・コールなどが歌っていた<アイム・ゴナ・ラフ・ユー・ライト・アウト・オブ・マイ・ライフ>なども、ため息がでるほどの上手さ。このように滅多に取り上げられる機会がなかったナンバーを、たっぷりした表情で聴かせてくれるのも嬉しい。タイトル曲はバディ・ジョンソンによって書かれたブルース色の濃い一曲。SACDシングルレイヤー仕様では、ソフトなストリングスの響きとともに、彼女の歌声がいっそう際立って耳に届いてくる。

♯156 優雅な響きに酔う、モーツァルト協奏曲集

モーツァルト/ヴァイオリン協奏曲全集~イザベル・ファウスト、ジョヴァンニ・アントニーニ指揮、イル・ジャルディーノ・アルモニコ(SACD~シングルレイヤー盤)

「モーツァルト/ヴァイオリン協奏曲全集~イザベル・ファウスト、ジョヴァンニ・アントニーニ指揮、イル・ジャルディーノ・アルモニコ(SACD~シングルレイヤー盤)」
(ハルモニアムンディ ⇒ キング・インターナショナル HMSA-0039~40)

ドイツ生まれで、ソリストとして国際的に活躍するイザベル・ファウストは、いまもっとも人気のあるヴァイオリニストのひとり。幅広いレパートリーをもっているものの、優雅でしなやかに歌う彼女の魅力は、まさにモーツァルトの作品にもぴったりである。

2番から5番までの4曲は1775年、モーツァルトが19歳の時に書かれていて、その早熟ぶりとともに、華やかな活躍への予兆としても十分なものがある。“スリーピング・ビューティ”と名付けられたストラディヴァリウスの愛器が奏でる美音とともに、古楽器アンサンブルとして各地で演奏をおこなってきた“イル・ジャルディーノ・アルモニコ”が、いっそう典雅な味わいを加えてゆく。2017年のグラフォン・アワードで“レコード・オブ・ジ・イヤー”に輝き、ニューヨーク・タイムズ誌でも同年度のベスト録音に選ばれた名演・名録音盤が2019年になってもう一度リマスタリングされて、“SACDシングルレイヤー盤”としてリリースされている。

筆者紹介

岡崎正通

岡崎 正通

小さい頃からさまざまな音楽に囲まれて育ち、早稲田大学モダンジャズ研究会にも所属。学生時代から音楽誌等に寄稿。トラッドからモダン、コンテンポラリーにいたるジャズだけでなく、ポップスからクラシックまで守備範囲は幅広い。CD、LPのライナー解説をはじめ「JAZZ JAPAN」「STEREO」誌などにレギュラー執筆。ビッグバンド “Shiny Stockings” にサックス奏者として参加。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン理事。