第三十六回
音楽とオーディオの喜びに浸ることのできる素晴らしいアルバム

2021.1.01

文/岡崎 正通

さまざまなものが止まってしまったかのような、この年末年始。ここに挙げた4枚のアルバムはジャンルもまったく異なっているが、どれも至高の音楽体験を味わえる作品ばかり。あらためて音楽の大切さを痛感させられる時代に、音楽とオーディオの喜びに浸ることのできる素晴らしいアルバムの数々を楽しんでゆきたい。

♯126現代のブルックナー解釈の新規範

ブルックナー 交響曲第8番/クリスティアン・ティーレマン指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

「ブルックナー 交響曲第8番/クリスティアン・ティーレマン指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団」
(ソニーミュージック SICC-30568)

新しい年の初めにブルックナーの壮大な交響曲を聴く。ブルックナーの作品の中でもひときわ大きなスケールをもって聳え立つ、後期ロマン派の交響曲の中の最高峰。こういう曲の良さを本当に分かりはじめたのは、僕の場合は60才を過ぎた頃からのことかもしれない。年齢を重ねてから嵌ったものには、とりわけ思い入れが強いというが、近年ではクラシック作品を聴く時間にはブルックナーの交響曲をセットすることが多くなった。“第8番”はクナッパーツブッシュをはじめ、シューリヒト、カール・ベームからジョージ・セル、ヨッフム、朝比奈隆など多くの名演を味わってきた。

これはクリスティアン・ティーレマンがウィーン・フィルを振った2019年の録音。ティーレマンはシュターツカペレ・ドレスデンとブルックナーの全交響曲を吹き込んでいるが、この「第8番」を皮切りにウィーン・フィルともブルックナー生誕100年を迎える2024年までに全曲を録音する予定だという。濃厚な味わいや自然賛美というよりも、むしろすっきりした中にウィーン・フィルの柔らかい響きを浮き彫りにしてゆくような演奏。オーディオ的にも、弦の美しさとともに金管楽器が豪快に鳴り響く。そして最終楽章に向かってゆく確かな足どり。美しすぎるとも思える演奏は、現代のブルックナー解釈の新しい規範をみせたと言えるものかもしれない。

♯127キース・ジャレットがたどり着いた即興の頂点

ブタペスト・コンサート/キース・ジャレット

「ブタペスト・コンサート/キース・ジャレット」
(ユニバーサルミュージック UCCE-1185~86)

“即興演奏”のあり方に新しい地平を切り開いていったピアニストのキース・ジャレット。あらかじめ用意したものはほとんどなく、インスピレイションのおもむくままに奏でられるキースのソロ・ピアノ・ステージには、彼のたぐい稀な創造力が凝縮されている。昨年末にリリースされた本2枚組は2016年7月におこなったヨーロッパ・ツアーから、ハンガリーのブタペストにあるベラ・バルトーク国立コンサート・ホールでのステージの模様を収めたもの。現代音楽作品を思わせるオープニングからメロディックな展開へと、ステージは大きな流れをもった構成になっていて、意欲あふれる冒険心と静謐な響きが交錯してゆくのが、いかにもキースらしい。

極度の精神的な集中から弾き出されるメロディーの断片は、ひとつひとつが宝石のような輝きを放つ。そしてアンコール的に演奏される<イッツ・ア・ロンサム・オールド・タウン>と<アンサー・ミー、マイ・ラヴ>の、涙が出るほど切ない響き。この2週間後のステージを収めた「ミュンヘン2016」も発売になっているが、翌年の春以降からキースは体調を崩して、まったくコンサート活動をおこなっていない。その意味からも、これはキースがたどり着いた即興の頂点と言えるものかもしれない。

♯128新たなリミックスによって蘇える「イマジン」の世界

イマジン~アルティメイト・コレクション/ジョン・レノン

「イマジン~アルティメイト・コレクション/ジョン・レノン」
(ユニバーサルミュージック UICY-78855)

ジョン・レノンが亡くなってから、すでに40年の年月が流れてしまった。そしてジョンが71年に残した名盤「イマジン」は、時空を超えて今日の世界にもまた“永遠のメッセージ”を送り続けているように思えてならない。世界のあちこちで分断が進み、身近なところではコロナで人々のいらだちが増していっている今日に<イマジン>が投げかける光は大きい。さまざまな形でリリースがおこなわれてきたが、2018年の暮に出た本「アルティメイト・コレクション」は、アルバム曲のリハーサル、アウト・テイク、インタビューなどもふんだんに含めた4枚のCDと2枚のブルーレイディスクという構成。120ページの豪華ブックレットとともに、アルバム誕生までの過程も追体験することができる。よほどのマニアでない限り、そこまでは必要ないということになるかもしれないが、ドキュメンタリーとしてみればとても貴重なセット。

特筆すべきは、あらためてアビー・ロード・スタジオでリミックスがおこなわれたことによるめざましい音の変化で、オリジナルの雰囲気はそのままに、いっそうクリアーなビート感をもつものになっている。出だしのピアノのハーモニーからジョンの歌声、そしてドラマーのアラン・ホワイトが刻むビートも、とても生々しい。一点の曇りもない響きで、2000年にデジタル・リマスタリングされたCDと比べても明らかに違うと分かる。何百回と聴いてきた「イマジン」の音がリミックスによって、また新たな音に蘇ってゆくというのはオーディオ的にみても新鮮な驚きだ。

♯129メロディー・ガルドーが描き出すロマンあふれる美しい世界

サンセット・イン・ザ・ブルー/メロディー・ガルドー

「サンセット・イン・ザ・ブルー/メロディー・ガルドー」
(LP ⇒ Decca 2LP-0742562 輸入盤,CD ⇒ ユニバーサルミュージック UCCM1260)

独特の雰囲気と存在感を秘めながら、メロディー・ガルドーが描き出すロマンあふれる美しい世界。デリケートな感性とともに、彼女のオリジナル作品が中心に歌われてゆく。ジャズやブラジル音楽をルーツにもつメロディーの歌声は、一曲一曲が強い説得力をもって聴き手の心に訴えかけてくるようだ。そんな彼女のボーカルを、ストリングス・オーケストラが優しく包みこむ。

CDもバランスのとれた美音であるが、彼女の歌はアナログ盤でも聴いてみたいと思って入手したところ、とても広がりのある音場が目の前に出現したのにびっくり。メロディーの歌声そのものも生々しく、CDの音が小さくまとまっていたような印象を受けるほど。やっぱりアナログ・レコードっていいなあと思わせてくれる一枚。国内盤CDは14曲入り。LPは12曲で2枚組の重量盤。LPにはハイレゾ音源をダウンロードできるキーも封入されているので、そちらのほうも試してみたが、やはりとびきり極上のリアルな音像を味わうことができた。

筆者紹介

岡崎正通

岡崎 正通

小さい頃からさまざまな音楽に囲まれて育ち、早稲田大学モダンジャズ研究会にも所属。学生時代から音楽誌等に寄稿。トラッドからモダン、コンテンポラリーにいたるジャズだけでなく、ポップスからクラシックまで守備範囲は幅広い。CD、LPのライナー解説をはじめ「JAZZ JAPAN」「STEREO」誌などにレギュラー執筆。ビッグバンド “Shiny Stockings” にサックス奏者として参加。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン理事。