第三十回
コロナ禍の中で、
クラブやライブ・コンサートに思いを馳せてみた

2020.07.01

文/岡崎 正通

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3月の半ばから、それまで毎週のように行っていたコンサートやライブ・ハウスにほとんど行っていない。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の緊急事態の中であるのは分かっていても、身近なライブのない生活というのがどんなに味気ないものであるかを、あらためて痛感した。せめて気持ちだけでもと、秀逸なライブ・アルバムを取り出して聴いてみた。

♯102 “ヴァイオリンの女王”アンネ=ゾフィー・ムターのクラブ・コンサート

イエロー・ラウンジ・ライヴ/アンネ=ゾフィー・ムター

「イエロー・ラウンジ・ライヴ/アンネ=ゾフィー・ムター」
(ユニバーサルミュージック UCCG-1720)

現代クラシック界で最高峰のひとり、“ヴァイオリンの女王”アンネ=ゾフィー・ムターが、ポップなアートに彩られたクラブ・ラウンジで演奏する。最高のクラシック音楽を、普段の会場とは無縁と思われるようなクラブで、これまでクラシックにあまり親しんでこなかった人にも楽しんでもらおうというコンセプトのもと、ドイツ・グラモフォンが企画した“イエロー・ラウンジ・ライヴ”の一環としておこなわれたクラブ・コンサート。ムター財団の若手奨学生を中心に編成された“ムター・ヴィルトゥオージ”らとともに、カラフルな照明に彩られた小さなステージで演奏する。メンバーも観客も、ほとんどがスタンディング。その派手な設定は、往時のディスコのようでさえある。

ヴィヴァルディ、バッハ、サン=サーンス、チャイコフスキー、ドビュッシーから<シンドラーズ・リストのテーマ>までが、まるでポップな小品のように楽しく、生き生きと演じられてゆく。ロック・コンサートの会場にいるかのようにカジュアルな熱気あふれる聴衆に囲まれた演奏を聴いていると、まさに音楽にジャンルは無用という思いを強くする。同時に映像もリリースされていて、そちらのほうではいっそうコンサートの模様がリアルに楽しめる。ちなみにムターは今年(2020年)2月に来日。2月20日のサントリーホール、ベートーヴェンのコンチェルト・プログラムに足を運んだ。コンサートの素晴らしさはもちろんとして、観客の多くがマスクをしているのにステージ上のムターはちょっと驚いたような・・。その直後から、ほとんどの公演が中止、延期になってしまうとは想像できなかったが・・・。

♯103 「つづれおり」45周年を記念して開かれた野外コンサート

タペストリー:ライヴ・イン・ハイド・パーク/キャロル・キング

「タペストリー:ライヴ・イン・ハイド・パーク/キャロル・キング」
(ソニーミュージック SICP-31074 CD+DVD)

女性シンガー・ソング・ライターとして実力、人気ともに大きな名声を得てきたキャロル・キングが2016年夏、ロンドンのハイドパークでおこなった大規模な野外コンサートのライブ・アルバム。多くの名ポップ曲を書いてきたキャロル・キングであるものの、このコンサートは彼女の名前を不動にした71年のアルバム「つづれおり」(Tapestry)の発売から45年という節目に当たり、アルバムの楽曲を曲順どおりに歌ってゆくのが大きな話題になった。当日、会場に詰めかけたファンは6万人を超えたという。

1971年度のグラミー賞で“最優秀アルバム”“最優秀女性ポップ・ボーカル”など4部門を獲得した名盤。まだ20代だったキャロル・キングも年齢を重ねて70代の後半を迎えたが、往時からのファンも同じように年を重ねながらキャロルの歌声に思いを寄せたことだろう。<君の友だち><イッツ・トゥ・レイト><ウィル・ユー・ラヴ・ミー・トゥモロー><スマックウォーター・ジャック>をはじめとするアルバム曲のほかにも、人気ヒット曲満載。こんなコンサートがまた開かれるようになるのは、いつの日のことになるのだろうか。

♯104 マンハッタンの粋が味わえる極上の一枚

ビル・チャーラップ/ライヴ・アット・ヴィレッジ・ヴァンガード

「ビル・チャーラップ/ライヴ・アット・ヴィレッジ・ヴァンガード」
(Bluenote 7243 5 97044 2 5)

ニューヨークを代表する老舗ジャズ・クラブとして、ファンなら知らない人はいない“ヴィレッジ・ヴァンガード”。ミッドタウンから南に下がってセブンス・アベニューに面した名門クラブで、ビル・チャーラップのトリオがごきげんなスイングを聴かせる2003年のライブ盤。メロディックなセンスとともに、スマートなリズムへの乗りから洒脱な雰囲気がいっぱいに生み出されてゆくとともに、マンハッタンの夜の空気がいっぱいに広がってゆく。

古くはソニー・ロリンズやビル・エヴァンス、ジョン・コルトレーンに始まり、多くの名プレイヤーによるライブ・ステージがアルバム化されてきた“ヴィレッジ・ヴァンガード”。このチャーラップの作品は、歴史を揺るがすような大作でない代わりに、グリニッチ・ヴィレッジの粋をそのまま運んできてくれるような、極上の雰囲気が味わえる一枚になっていると思う。

♯105 ジャズ・クラブのホットな熱気が浴びるように感じられる作品

ライヴ・アット・スモールズ/デズロン・ダグラス

「ライヴ・アット・スモールズ/デズロン・ダグラス」
(Smalls Live SL-0028)

その“ヴィレッジ・ヴァンガード”からも遠くない“スモールズ”は、ネーム・バリューにこだわることなく、実力をもった若手ミュージシャンに積極的な場を提供するところから、ニューヨークでもっともホットなジャズが楽しめるスポットになっている。これはベーシスト、デズロン・ダグラスのクインテットによる2012年盤。

骨太のベース・ラインにしっかり支えられながら、トランペットのジョシュ・エヴァンス、サックスのステイシー・ディラードなど、ほとんど日本では無名のプレイヤーたちが、これでもかと熱いメインストリーム・ジャズの王道をゆくサウンドを繰りひろげてみせる。“Smalls Live”の名のもとにリリースされるCDは、どれも粗削りなサウンドの中からストレートにジャズの熱気を浴びるように感じることができるものばかりである。

筆者紹介

岡崎正通

岡崎 正通

小さい頃からさまざまな音楽に囲まれて育ち、早稲田大学モダンジャズ研究会にも所属。学生時代から音楽誌等に寄稿。トラッドからモダン、コンテンポラリーにいたるジャズだけでなく、ポップスからクラシックまで守備範囲は幅広い。CD、LPのライナー解説をはじめ「JAZZ JAPAN」「STEREO」誌などにレギュラー執筆。ビッグバンド “Shiny Stockings” にサックス奏者として参加。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン理事。