第二十九回
ミシェル・ルグランを偲んで

2020.06.01

文/岡崎 正通

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梅雨の時期になるとミシェル・ルグランの音楽が聴きたくなるというのは、映画「シェルブールの雨傘」のタイトルバックのシーンが、フランスの港町シェルブールの雨の光景だったからだろうか。多くの映画音楽の名作を残しただけでなく、作曲家、ピアニストとして大活躍したミシェル・ルグラン。そんなルグランが86才で亡くなったのは、昨年(2019年)1月のことだった。この世界をとても豊かなものにしてくれたミシェル・ルグランを、一周忌も過ぎたこの時期にあらためて偲んでみたい。

♯98ルグランの音楽への強い愛情が込められている一枚

トリビュート・トゥ・ミシェル・ルグラン/リシャール・ガリアーノ~プラハ弦楽五重奏団

「トリビュート・トゥ・ミシェル・ルグラン/リシャール・ガリアーノ~プラハ弦楽五重奏団」
(ソニーミュージック SICP-31335)

ミシェル・ルグランのトリビュート・アルバムはいくつかあるものの、これはもっとも印象にのこって良く耳を傾けている一枚。やはりフランス生まれでアコーディオンの第一人者、リシャール・ガリアーノが弦楽五重奏を加えた編成のためにルグラン・ナンバーを編曲して、しっとりと美しく演奏している。誰にも親しみやすく、優雅な気品を湛えているルグランの名作の数々をスマートに表現してみせるガリアーノ。彼のアコーディオンに優しく寄り添いながらプレイを浮かび上がらせてゆく弦楽アンサンブル。

<シェルブールの雨傘>をはじめ、<風のささやき><ワンス・アポン・ア・サマータイム><ウォッチ・ホワット・ハプンズ><これからの人生>などの名曲が網羅されている。<おもいでの夏>でヴィヴァルディの「四季」から“夏”の旋律を前後に使ったり、<ユー・マスト・ビリーヴ・イン・スプリング>のエンディングで同じく「四季」から“春”の第二楽章のメロディーを奏でるといったアイディアも秀逸。シンプルな響きの中にミシェル・ルグランの音楽への強い愛情が込められている一枚だと思う。

♯99若きルグランの意欲的な創意工夫をいっぱいに感じることができる名作

ルグラン・ジャズ/ミシェル・ルグラン

「ルグラン・ジャズ/ミシェル・ルグラン」
(ユニバーサルミュージック UCCU-5794)

そしてミシェル・ルグランの才能を広く知らしめることになった1958年の定番アルバムが「ルグラン・ジャズ」。このときルグランは26歳で、ハネムーンを兼ねて行ったニューヨークで一流プレイヤーばかりを一堂にあつめてレコーディングがおこなわれた。フランスでは名を知られていたものの、まだアメリカには伝わっていなかったルグランのアレンジャーとしての実力。そんなルグランのペンさばきの妙が、トップ・ミュージシャンたちの好ソロとともに良く味わえる。

複数のセッションに分かれていて、それぞれ素晴らしいのだが、やはりマイルス・デイビス、ジョン・コルトレーン、ビル・エバンス、フィル・ウッズなどが参加している4曲が、いちばんの聴きどころだろう。3拍子と速いスイングが交錯する<ジターバッグ・ワルツ>の精妙なアレンジ。マイルスのミュート・トランペットが心にしみわたる<ジャンゴ>と<ラウンド・ミッドナイト>。若きルグランの意欲的な創意工夫をいっぱいに感じることができる作品である。

♯100ルグランとフィル・ウッズの熱いコラボレイション

イメージズ/フィル・ウッズ&ミシェル・ルグラン

「イメージズ/フィル・ウッズ&ミシェル・ルグラン」
(RCA ⇒ ソニーミュージック SICP-4280)

「ルグラン・ジャズ」にもフィーチュアされていた、ルグランお気に入りのプレイヤー、フィル・ウッズがルグランのアレンジ、指揮するオーケストラをバックに朗々とアルト・サックスを吹きまくっている。艶やかなウッズのサックスが、ルグラン・メロディーの魅力をいっそう膨らませてゆくような演奏の数々。さらに当時カーペンターズで大ヒットした<ア・ソング・フォー・ユー><愛のプレリュード>のほかに、ドビュッシーの<月の光>なども幻想的なアレンジで聴かせてくれる。

そしてルグラン作のタイトル・ナンバー<イメージズ>は15分にも及ぶ大作。シンフォニックな構成もさることながら、変化にとんだオーケストレイションの流れをバックに、ウッズとルグランによる熱いバトルが延々と繰りひろげられる。トップの実力をもった両者といえども、こんなに熾烈でスリリングな掛け合いは滅多に聴けるものではない。まさに手に汗握るという言葉がぴったりの大熱演。1975年のグラミー賞“最優秀インストゥルメンタル作曲賞”と“最優秀ビック・バンド作品”の2部門に輝いた名盤。

♯101名作の数々を、ルグラン自身のピアノ・トリオで聴く

アルファ・イヤーズ/ミシェル・ルグラン

「アルファ・イヤーズ/ミシェル・ルグラン」
(ソニーミュージック MHCP-30001)

ジャズ・ピアニストとしてのミシェル・ルグランの実力があますところなく捉えられているアルバム。90年代にルグランは日本のアルファ・レコードにピアノ・トリオを中心にした何枚かのアルバムを吹き込んでいて、それらの中から自作の名曲ばかりが一枚にまとめられている。年齢的には60代を迎えて円熟した味わいをみせるものの、ルグランのタッチはじつにダイナミックで若々しい。ジャズ・ピアノの伝統を踏まえながらも、アメリカ人ピアニストとは一味違うヨーロッパの小粋なセンスと、クラシックの伝統さえ感じさせるスタイルは、まさにルグランならではのもの。アメリカの一流プレイヤーと比べてもまったくひけをとることのない第一級のジャズ・ピアニストとしての実力を、いやが上にも見せつけている。

トゥーツ・シールマンスのハーモニカを加えて豊かな抒情が生み出されてゆく<おもいでの夏>。美しいテーマから乗りの良いスイングへと熱いパッションを感じさせる<風のささやき>。ルグランの手になる名曲の数々を、作曲者自身のピアノ・ジャズとして聴く楽しみは、また格別のものがある。スイングからワルツ~ボサノバ~タンゴと自在にリズムを変化させながら盛り上がってゆく<シェルブールの雨傘>も大きな聴きものになっている。

筆者紹介

岡崎正通

岡崎 正通

小さい頃からさまざまな音楽に囲まれて育ち、早稲田大学モダンジャズ研究会にも所属。学生時代から音楽誌等に寄稿。トラッドからモダン、コンテンポラリーにいたるジャズだけでなく、ポップスからクラシックまで守備範囲は幅広い。CD、LPのライナー解説をはじめ「JAZZ JAPAN」「STEREO」誌などにレギュラー執筆。ビッグバンド “Shiny Stockings” にサックス奏者として参加。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン理事。