第十九回
真夏の夜の夢とサマータイム3

2019.08.01

文/岡崎 正通

真夏になると、単純に<サマータイム>が聴きたくなる。ジョージ・ガーシュインが1935年に書いたオペラ「ポギーとベス」の第一幕で、漁師の妻のクララが幼な子をあやしながら歌う印象的な子守歌。もちろん<サマータイム>はオペラを離れても、さまざまな形でとりあげられて歌われ、演奏されてきている。そんな<サマータイム>の中から、とくに印象深いものを選んでみた。

♯58メルヘンチックな幻想美が味わえる名録音盤

メンデルスゾーン:真夏の夜の夢/ペーター・マーク指揮 ロンドン交響楽団

「メンデルスゾーン:真夏の夜の夢/ペーター・マーク指揮 ロンドン交響楽団」
(デッカ=タワーレコード PROC-1763)

メンデルスゾーンが17才のときに作曲したといわれる「真夏の夜の夢」の序曲。シェイクスピアが書いた同名の劇にインスパイアされて書いた<序曲>には、のちに12曲の付随音楽が付けられたのだったが、それらのうち<序曲>を含めた8つの作品が、このアルバムで演奏されている。

スイス生まれの指揮者、ペーター・マーク指揮のもと、ロンドン交響楽団が演奏したこのデッカ盤は、1957年の録音と新しいものではないが、ステレオ初期を代表するデッカの優秀録音盤の一枚。ふくよかな弦楽器の音色や、デリケートな木管楽器の響きの美しさが、現代の耳にもとても心地良い。メンデルスゾーンが意図したメルヘンチックな世界が十二分に描きつくされていて、細やかな弦楽器の動きが美しい<序曲>からラストまで、一気に聞き惚れてしまう。まさに時代を超えた名演であり、名録音なのだという思いを強くする一枚。

♯59ジャニスの激情で聴く“サマータイム”

チープ・スリル(50周年記念エディション)/ジャニス・ジョプリン

「チープ・スリル(50周年記念エディション)/ジャニス・ジョプリン」
(Sony Music SICP-5935~36)

いったい世の中に<サマータイム>の録音はどのくらいあるのだろう。優に数百、ひょっとすると数千を超えるくらいの吹き込みがあるかもしれず、調べることなど不可能に違いない。それでもひとつを選べと言われたら、ジャニス・ジョプリンの「チープ・スリル」の中に入っている<サマータイム>を選ぶことを躊躇しない。仮に何千あったとしてもこれ以上に個性的で凄い<サマータイム>などあり得ないと思えるからだ。むせかえるように暑い<サマータイム>であるが、猛暑の日に熱いものや辛いものを食べるように逆療法的な快感もある。1968年にビッグ・ブラザー&ホールディング・カンパニーの名前で吹き込まれた「チープ・スリル」。これ以前にもバンドのアルバムがあるものの、多くの人々に衝撃を与えてジャニスの名を一躍有名にしたのが「チープ・スリル」だった。唯一無比の個性をもっていたロック=ブルース・シンガー、ジャニスが張り裂けんばかりに叫び、泣き、むき出しの感情で歌う。

昨年12月にリリースされた「セックス、ドープ&チープ・スリル」は、そんな「チープ・スリル」が世に出てから50年を記念して発売された2枚組。最初の7曲はオリジナル版「チープ・スリル」の7曲の別テイクが、同じ曲順で並べられている。当時はさらに過激だとして選ばれなかったテイクも50年を経て、ジャニスの素晴らしさをいっそうくっきりと浮かび上がらせる。この2年半後に、27才という若さで世を去ってしまったジャニスが聴かせる絶唱!。さらに凄みを増した<ボール・アンド・チェーン>も必聴の一曲だ。

♯60ラテン・ビートに乗った心躍る“サマータイム”のライブ演奏

ヴィレッジ・ゲイトのハービー・マン

「ヴィレッジ・ゲイトのハービー・マン」
(ワーナーミュージック WPCR-27325)

かつてジャズ喫茶などで連日のように何回も流れていたフルート奏者、ハービー・マンの大ヒット・アルバム。といっても一番の人気曲は<カミン・ホーム・ベイビー>で、これはベースを弾いているベン・タッカーが作った曲。いちど聴いたら、すぐに口ずさみたくような親しみやすいナンバーである。当時のハービー・マンはアフロ・キューバンやボサ・ノヴァをはじめとするラテン・リズムにアプローチをおこなっていて、その大きな成果が本アルバムだといって良いだろう。

続いて流れてくる<サマータイム>。ややゆったりした感じのビートが心地よく、ハービー・マンのメロディックな個性がよく発揮されている。ヘイグッド・ハーデイのヴィブラフォーンが、いっそうエキゾティックなムードをふりまいてゆく演奏。ライブがおこなわれた“ヴィレッジ・ゲイト”はマンハッタンのグリニッチ・ビレッジにあった名門クラブで、リラックスしたクラブに流れる心地よい熱気が伝わってくる。

♯61端正な室内楽的アレンジがほどこされた、MJQの“サマータイム”

ポギーとベス/モダン・ジャズ四重奏団

「ポギーとベス/モダン・ジャズ四重奏団」
(Rhino 8122.75445)

室内楽的ともいえる端正なサウンドをもっていたMJQ(モダン・ジャズ・カルテット)による本アルバムも、忘れがたいジャズ版「ポギーとベス」の一枚に挙げられるものだろう。そのアルバムの一曲目に入っている<サマータイム>。ミルト・ジャクソンが繰り返すシンプルなフレーズを受け継ぐように、リーダーのジョン・ルイスが弾くピアノとミルトが絡み合いながらが魅力的なテーマが奏でられてゆく。

MJQならではの魅力、ここに極まれり!といった感じのツボを得たアレンジ。聞きなれた“サマータイム”から、また新たな魅力が引き出されているような演奏で、その魅力は吹き込まれてから半世紀以上が流れた今日でも、少しも色褪せていない。

筆者紹介

岡崎正通

岡崎 正通

小さい頃からさまざまな音楽に囲まれて育ち、早稲田大学モダンジャズ研究会にも所属。学生時代から音楽誌等に寄稿。トラッドからモダン、コンテンポラリーにいたるジャズだけでなく、ポップスからクラシックまで守備範囲は幅広い。CD、LPのライナー解説をはじめ「JAZZ JAPAN」「STEREO」誌などにレギュラー執筆。ビッグバンド “Shiny Stockings” にサックス奏者として参加。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン理事。