第十五回
平成の30年をアルバムで振り返る ⑤
 新時代のジャズ

2019.04.01

文/岡崎 正通

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いよいよ今月いっぱいで、平成の時代が終わる。もっとも元号が変わったからといって、音楽の表現やスタイルが急に変化するということもないだろう。それでも生きものである音楽は、時とともにさまざまに表情を変えてゆく。時代の橋渡しをするジャズ・アルバム。そして将来にわたっても語られてゆくであろう、平成の後期に生まれた秀作をご紹介してみたい。そして来月からの来るべき新しい時代。ジャズを中心にとりあげてきた本コラムだったが、もう少しジャンルの幅を広げて作品をとりあげてみたいとも考えている。

♯43 尽きることのないジャズ表現のエネルギーを感じさせる大作

ヘヴン・アンド・アース/カマシ・ワシントン

「ヘヴン・アンド・アース/カマシ・ワシントン」
(Beat Records YT-176CDJP)

アメリカ西海岸を拠点に大活躍するサックス奏者、カマシ・ワシントンによって昨年リリースされた「ヘヴン・アンド・アース」は、それまでのジャズを総括しつつも未来へのサウンド発信をおこなう彼の音楽性のすべてが込められている大作である。2枚組で合わせて2時間25分。自身の内面的なものを表現した“ヘヴン”と、現実に生きる姿をプレイで表した“アース”に分かれるが、明らかな違いというよりも、ふたつの要素は相対的な関係を保ちつつ、ほぼ同じような形で進行してゆく。ほとんどの曲をカマシが書き下ろしているだけでなく、20数名からなる大編成オーケストラや10数名のコーラスを加えたサウンドは、まさに壮大の一語。それだけでなく緻密で繊細な構成がとられているのにも感心させられる。

カマシはゴージャスな響きをバックに、これでもかとサックスを豪快に吹きまくる。ジャズが60年代から保ち続けてきたスピリチュアルな伝統を継承しながらも、尽きることのないエネルギーを振りまいてゆくカマシのプレイは、パワフルな熱っぽさととも胸のすくような爽快さも感じさせる。ジャズと呼ぶ以前に、ブルース、ソウルからヒップ・ホップにいたるブラック・ミュージックの流れが、現代的な意匠とともに凝縮されている音楽。4年前のアルバム「ザ・エピック」も聴きごたえある作品だったが、さらに進化をとげているカマシ・ワシントンが創造する音世界に圧倒される。大注目盤!

♯44 イスラエル出身のピアニストが描き出す、詩情ゆたかな世界

ザ・ドリーム・シーフ/シャイ・マエストロ

「ザ・ドリーム・シーフ/シャイ・マエストロ」
(ECM ユニバーサルミュージック UCCE-1175)

イスラエル生まれで、今日のジャズ・シーンで大きな注目をあつめてきているピアニストのシャイ・マエストロ。イスラエル時代からの先輩にあたるベーシストのアヴィシャイ・コーエンや、いまもっとも注目すべきドラマーのひとり、マーク・ジュリアナなどと共演しながら、ピアノ・トリオによる表現にも磨きをかけてきたマエストロが、満を持してといった感じで吹き込んだのが、昨年4月に録音された「ザ・ドリーム・シーフ」である。

たいへんなテクニシャンのマエストロであるが、ここでは技巧を最低限に抑えて、心の中に生まれたサウンドを簡素に描き出してみせる。ゆたかな陰影に彩られている美しい響き。ゆったりとした詩情の中に込められた深いエモーション。ラストに演じられる<ホワット・エルス・ニーズ・トゥ・ハプン>では、ハイスクールへの銃撃事件に心を痛めたバラク・オバマの演説のメッセージが鎮魂歌のようなピアノのハーモニーにオーバーラップしてくる。このシャイ・マエストロが見せる端正さは、ECMというレーベル・カラーにもぴったりのものがある。加えて、ピアノ録音の素晴らしさ! まるで目の前に演奏者が現れたかのようなリアリティをもったサウンドは、オーディオという観点から見ても最上級のものであろう。

♯45 “ジャズ作曲家”挾間美帆が精魂込めて書きあげた力作

ダンサー・イン・ノーホエア/挾間美帆

「ダンサー・イン・ノーホエア/挾間美帆」
(ユニバーサルミュージック UCCJ-2162)

“ジャズ作曲家”という言葉が使われるようになったのは、いつの頃からだろうか。ひと昔前ならば“編曲家”ということになるのかもしれないが、“ジャズ作曲家”というのは文字どおりジャズのための作品を書いて演奏する。スタンダード曲やジャズメンのオリジナルを編曲するのでなく、あたかもクラシックの作曲家が譜面にスコアを記してゆくように、楽想を作品にまとめ上げてゆく。そんな“ジャズ作曲家”の先鋒にあげられるのが、ニューヨークを起点に活動を続けている挾間美帆。2012年にマンハッタン音楽院のジャズ作曲科を卒業した記念に制作された「ジャーニー・トゥ・ジャーニー」以来、これが4枚目のアルバムということになる。

丹念に精魂込めて書かれた作品は、あたかもクラシック音楽のようであるが、肝心なことは様式でなく、音楽の中味にあるのは言うまでもない。数本の弦楽器を加えた13人編成の"m_unit"による演奏で、曲によってはゲストを迎え、ジャズの即興的な要素を生かしながらも、それぞれの作品がもっている表情や色彩感を鮮やかに描きつくす。その展開は千変万化で、散りばめられる即興ソロもすべて第一級。複雑な変拍子が作品に緊張を与え、メロディーに凛とした輝きを与えているのにも注目したい。自由な流れをもったプレイの端々に、天才の才能が見え隠れする秀作。

筆者紹介

岡崎正通

岡崎 正通

小さい頃からさまざまな音楽に囲まれて育ち、早稲田大学モダンジャズ研究会にも所属。学生時代から音楽誌等に寄稿。トラッドからモダン、コンテンポラリーにいたるジャズだけでなく、ポップスからクラシックまで守備範囲は幅広い。CD、LPのライナー解説をはじめ「JAZZ JAPAN」「STEREO」誌などにレギュラー執筆。ビッグバンド “Shiny Stockings” にサックス奏者として参加。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン理事。