第十三回
平成の30年をアルバムで振り返る ③
 忘れがたい名演の数々、その①

2019.02.01

文/岡崎 正通

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平成の30年の間にジャズの演奏スタイルは限りなく拡散し、異なるジャンルの音楽とも自由に融合をみせながら表現を拡大させていった。そんな音楽を耳にするのも楽しいことであるが、やはりアメリカン・ジャズの伝統に立脚している演奏には、いっそうの親しみと安心感をおぼえてしまう。そんな平成の時代に生まれたリアル・ジャズの忘れがたいアルバムの数々を、2回に分けてピックアップしてみたい。

♯37エモーションが弧を描いてゆく個性的なバラード演奏

ニアネス・オブ・ユー~ザ・バラード・ブック/マイケル・ブレッカー

「ニアネス・オブ・ユー~ザ・バラード・ブック/マイケル・ブレッカー」
(ヴァーヴ、ユニバーサルミュージック UCCU-5830)

モダン・ジャズの時代以降、ジャズのテナー・サックスの世界にもっとも大きな影響を与えたプレイヤーといえば、マイケル・ブレッカーをおいていないだろう。良き時代の伝統を受けながらも、シャープなトーンでエッジの効いたプレイを繰りひろげるスタイルは、ジャズだけでなくロックやポップス界のミュージシャンたちにも大きなインスピレイションを与えたものだった。サウンドそのもののあり方が“ブレッカー以後”という風に区分されるあたりからも、いかに彼の音楽が時代を画するものだったかということがわかる。平成時代に入ってからのブレッカーは、先鋭的なプレイに磨きをかけるとともに、音楽的にもいっそう成熟した“ブレッカー節”を聴かせるようになった。

2000年(平成12年)に吹き込まれた本バラード集にも、そんな彼の豊かな表情がよく現れている。長いマイケル・ブレッカーのキャリアの中で制作された、初めてのバラード・アルバム。メロディーの美しさを大切にしながらも、独特の音選びから生まれる個性的なフレージングが、エモーションが弧を描くように広がってゆく。サイドメンにパット・メセニーやハービー・ハンコック、チャーリー・ヘイデン、ジャック・デジョネットというオールスター・メンバーが参加。豪華な実力者ばかりをバックに得て、ブレッカーがたっぷりした感じで楽器を吹いているのが、強く印象にのこる。スタンダード・ナンバーを最小限に抑えたコンテンポラリーな選曲も魅力。自身やメンバーのオリジナルが中心にプレイされるところから、多くのバラード作品とはひと味違うユニークなものになっている。加えてタイトル曲をはじめとする2曲には人気シンガーのジェームス・テイラーが参加。聴けばブレッカーが初めてジェームスと共演、録音した曲が<ニアネス・オブ・ユー>だったのだという。2007年(平成19年)に57才で世を去ってしまったマイケル・ブレッカーであるが、これは彼の名を長く歴史に刻み続けるアルバムの一枚だと思う。

♯38むせかえるような熱気に包まれるウィントンのライブ・アルバム

ライブ・アット・ザ・ハウス・オブ・トライブ/ウィントン・マルサリス

「ライブ・アット・ザ・ハウス・オブ・トライブ/ウィントン・マルサリス」
(Bluenote 77132 輸入盤)

10代の若さで颯爽とデビューを飾り、“ジャズ・アット・リンカーン・センター”の芸術監督をつとめるいっぽう、ジャズとクラシックの両分野で多くのグラミー賞にも輝いたトランペッターのウィントン・マルサリス。アメリカが生んだ偉大な芸術としてのジャズの地位を高め、広く認識させるという考えをもっているウィントンの作品は、オーケストラや組曲風の大作にいたるまで多岐にわたっているのだが、ジャジーな熱気あふれる魅力を浴びるように感じたいのであれば、まさにとびきりの一枚。

2002年(平成14年)に録音されたライブ・アルバムで、場所はマンハッタンのロウアー・イーストサイドにあるシアター・スペースの“ハウス・オブ・トライブス”。50人ほど入れば満員の小さなスペースであるものの、それだけにステージの熱演に聴衆がストレートに反応し、さらにステージの熱気が増すというライブならではの良い循環が生まれてゆくのが、手にとるように分かる。むせかえるような空気感までを、まるごと収録。リズミックなモンクの曲<グリーン・チムニーズ>からエンディングの<セカンド・ライン>まで、一気に聴かせてくれる。ジャム・セッション的な荒っぽい部分もあるが、音楽のもつホットな熱気がダイレクトに伝わってくる点では、ウィントンの全作品中でも屈指の作品となっている。

♯39“ピアノ・トリオを超えたピアノ・トリオ”による名作

ウィスパー・ノット/キース・ジャレット・スタンダーズ・トリオ

「ウィスパー・ノット/キース・ジャレット・スタンダーズ・トリオ」
(ECM ユニバーサルミュージック UCCE-9326)

ピアニストのキース・ジャレットが率いた“スタンダーズ・トリオ”も、平成の30年を駆け抜けた名グループのひとつに挙げられるだろう。結成は1983年。そして平成に入った90年代半ばの97年から98年にかけて、キースは健康を害してライブ活動を休止していた時期もあった。

1999年(平成11年)のパリ“パレ・デ・コングレ”でのステージを収めた2枚組アルバムには、再起して旺盛な活動ぶりをみせるようになったトリオの、以前にも増しての快調ぶりがよく捉えられている。斬新なセンスとタッチでスタンダード曲を再構築、再創造するというコンセプトをもつトリオであるものの、ここでのレパートリーに<バウンシング・ウィズ・バド>や<グルーヴィン・ハイ>など、ジャズメンの名オリジナルが半数ちかく含まれているのも、注目すべきところだろう。いっそうグルーヴィな雰囲気を増していった時期の“スタンダーズ・トリオ”による名演の数々。“ピアノ・トリオを超えたピアノ・トリオ”とも言われた彼らの真骨頂がここにある。

筆者紹介

岡崎正通

岡崎 正通

小さい頃からさまざまな音楽に囲まれて育ち、早稲田大学モダンジャズ研究会にも所属。学生時代から音楽誌等に寄稿。トラッドからモダン、コンテンポラリーにいたるジャズだけでなく、ポップスからクラシックまで守備範囲は幅広い。CD、LPのライナー解説をはじめ「JAZZ JAPAN」「STEREO」誌などにレギュラー執筆。ビッグバンド “Shiny Stockings” にサックス奏者として参加。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン理事。