第十一回
平成の30年をアルバムで振り返る ①

2018.12.01

文/岡崎 正通

年の瀬がせまってくるこの時期。一年をふり返ってベスト・アルバムやベスト・コンサートを選ぶのは、音楽雑誌で恒例行事のようになっている。ただ今年は、いつもの年末とはちょっと違う。あと数か月で平成の時代が終わる。いろんなことがあった平成の30年。そんな平成への思いを込めて、この時代に生まれて記憶にのこり、また次の時代にも聴き継がれていってほしい個人的な印象作を、ジャズ・アルバムを中心に数回にわたってとりあげてみたいと思う。今回はヴォーカル作品を3枚。

♯31人生の深さをしみじみと感じさせたアビー・リンカーンの絶作

アビー・シングス・アビー/アビー・リンカーン

「アビー・シングス・アビー/アビー・リンカーン」
(Verve 890002 輸入盤)

星の数ほどいるジャズ・シンガーたちの中で、もっとも好きなのは誰かと尋ねられたら、迷うことなくアビー・リンカーンと答える。もちろん彼女を上回る名声や評価を得た偉大なシンガーは大勢いるし、白人、黒人を問わず、素晴らしい歌手がたくさんいるのは承知の上であるが・・。アビー・リンカーンは優れた個性の持ち主であったものの、彼女への評価や人気は実力の割には高いものでなかったように思う。ちょっとビリー・ホリデイを思わせるブルージーな節回しが、誰にも好まれるものではなかったのかもしれない。

アビーが第一線にデビューしたのは1950年代半ば。彼女はたいへんな美人で、モデルや雑誌のカヴァーを飾ったこともある。いっぽうドラマーのマックス・ローチと付き合ったことで黒人としての意識に目ざめ、ローチ夫人となってからは闘志として黒人の自由と地位向上を強くアッピールした作品を送り出してゆく。そして80年代頃になると、より円熟した表現を聴かせるようになって、珠玉ともいえる味わい深いアルバムを多くリリースしていった。アビーの歌声には、いつも黒人としての哀しみと、それだけでない芯の強さのようなものが流れているが、それが単に黒人であるということでなく、ひとりの人間としての人生の深さをしみじみと感じさせるものへと進化していったと言えるかもしれない。2006年(平成18年)にリリースされた本アルバムは、そんなアビー・リンカーンのラスト作品。音楽家としてのアビーは作曲面でも素晴らしい才能を発揮していったが、これはいくつかのアルバムに散りばめられていた自作オリジナルを、あらためて吹き込み直したもの。つまりアビー自身によるセルフ・カヴァー・アルバムということになる。彼女の中でもかなり渋いもので、国内盤はリリースされなかったものの、多くの方に聴いていただきたい一枚だと思っている。

♯32ダイアナ・クラールのお洒落な空気に聴き惚れる

ホエン・アイ・ルック・イン・ユア・アイズ/ダイアナ・クラール

「ホエン・アイ・ルック・イン・ユア・アイズ/ダイアナ・クラール」
(ユニバーサルミュージック UCCV-9581)

平成の時代に入ってデビューを飾り、もっとも成功をおさめている女性ジャズ・シンガーといえば、真っ先に挙げられるのはダイアナ・クラールだろう。美しいジャケット・カヴァーも印象的な「ホエン・アイ・ルック・イン・ユア・アイズ」は、彼女にとっての5枚目になる1999年(平成11年)の作品。前作「ラヴ・シーンズ」が全米ジャズ・アルバム・チャートの1位に輝いて、一躍トップ・スターにおどり出た頃のもので、すべての曲を優雅な表情で歌いこなしている。トミー・リピューマ、ジョニー・マンデルらがプロデュース、アレンジをおこなっていて、サウンドの完成度もとても高い。

タイトル曲は地味なスタンダード・ナンバーであるものの、しっとりしたダイアナの歌声が最高にロマンティックな雰囲気を描き出す。クリント・イーストウッドが監督した映画「トゥルー・クライム」の主題歌<ホワイ・シュッド・アイ・ケア>のしみじみとした表情も、とても美しい。ほかにも<レッツ・フェイス・ザ・ミュージック・アンド・ダンス><アイヴ・ガット・ユー・アンダー・マイ・スキン>のような名曲を軽いボサ・ノヴァ・テイストで聴かせるなど、すべてがお洒落。さらなるスターへと上ってゆくダイアナ・クラールにとっても、ひとつのマイルストーンになった美しいアルバムであると思う。

♯33イタリアから飛び出した超逸材のデビュー作

ソー・イン・ラヴ/ロバータ・ガンバリーニ

「ソー・イン・ラヴ/ロバータ・ガンバリーニ」
(55 Records FNCJ-5529)

かつてジャズ・ヴォーカルの大御所といわれたエラ・フィッツジェラルド、サラ・ヴォーン、カーメン・マクレエなどの正統的な美質を21世紀に受け継いでいるシンガーのひとりがロバータ・ガンバリーニ。そんなシンガーがイタリアから飛び出したというのも、さらに世界が狭くなった21世紀ならではの事象なのかもしれない。10代の頃から地元で認められ、ヨーロッパの多くのジャズ・フェスティバルに出演してアメリカの大御所プレイヤーからの評価も得たあと、2005年(平成17年)に「イージー・トゥ・ラヴ」でデビューを飾った。

2009年(平成21年)にリリースされた本作は3枚目。ソフトで温かい歌声の魅力は、ピアノの伴奏だけで歌われるオープニングのタイトル曲<ソー・イン・ラヴ>から全開! 抜群のジャジーなフィーリングとともに、メロディーを自在に崩しながら、どの曲も完璧に歌いこなす。<フロム・ジス・モーメント・オン>でのスキャットも圧巻。スタンダード・ナンバーのほかにも、ウィリー・ネルソンが書いた<クレイジー>やイタリアン・ナンバーの<エスターテ><ニュー・シネマ・パラダイス>など、多彩なレパートリーを聴かせてゆく。まだまだ活躍が楽しみな超逸材の、聴きごたえある作品。

筆者紹介

岡崎正通

岡崎 正通

小さい頃からさまざまな音楽に囲まれて育ち、早稲田大学モダンジャズ研究会にも所属。学生時代から音楽誌等に寄稿。トラッドからモダン、コンテンポラリーにいたるジャズだけでなく、ポップスからクラシックまで守備範囲は幅広い。CD、LPのライナー解説をはじめ「JAZZ JAPAN」「STEREO」誌などにレギュラー執筆。ビッグバンド “Shiny Stockings” にサックス奏者として参加。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン理事。