酷暑だった夏が過ぎて、ようやく秋の気配が感じられるようになった10月。この月にちなんだ曲も多くある中で、“10月の一曲”というと真っ先に“ホエン・オクトーバー・ゴーズ(When October Goes)”が僕の脳裏に浮かんでくる。<哀しみのマンディ(Mandy)>や<コパカバーナ>の大ヒットでも知られるポップス界のスターで、名シンガー・ソングライターのバニー・マニロウによって1984年に書かれた曲。そんなメロディーに思いを馳せて、3つのバージョンを選んでみた。
「2:00 AM パラダイス・カフェ/バリー・マニロウ」
(Arista 07822-18945-2)
時刻は午前2時。ここは空想の“パラダイス・カフェ”。“夜はまだこれから。だから少しだけ、僕に歌わせてほしい。新しい歌やブルーな歌をいくつかね。ムードはいつも最高だ。パラダイス・カフェの夜・・”とバリー・マニロウが歌い始める<Paradise Café 2:00 AM>。そんなバリーのソフトな歌声を、ジェリー・マリガン(bs)やシェリー・マン(ds)ら、トップ・プレイヤーばかりのコンボが優しく包み込む。そんなアルバムの為にバリーが書き下ろした一曲が<When October Goes>だ。邦題は<恋人たちのオクトーバー>。“10月が去ってゆくときに、またあの夢が蘇る。あなたを腕の中に抱き、楽しい年月を2人で分かち合う夢・・いくつになっても、この気持ちは変わらない・・”というロマンティックなバラード。もともとはバリー・マニロウが、<ドリーム>や<スカイラーク><ムーン・リヴァー>をはじめとするいくつもの素晴らしい歌詞を書いたジョニー・マーサー(1909~1976)の未亡人ジンジャー・マーサーから“生前にジョニーが書き溜めていた未発表の歌詞にメロディーをつけてくれないか”と依頼を受けたことがきっかけになっている。そんなオファーを受けてバリーが手がけた最初の曲が、この<When October Goes>。バリーはヒットを狙ったわけではないと言うけれど、この曲は“ビルボード・アダルトコンテンポラリー・チャート”の上位にもランクされて、後世にのこる名曲になった。アルバムに含まれているジョニー・マーサーの作詞曲は、この一曲だけなのだが、このあともバリーは精力的にジョニー・マーサーが書き残した詞にメロディーをつけてゆくことになる。
それはともかく、アルバム全体が極上のムードに溢れていて、他の曲もすべてがスタンダード・ナンバーのようにお洒落で、親しみ易さをもって届いてくる。サラ・ヴォーンとメル・トーメが一曲ずつゲスト参加していることからも、アルバムの音楽レベルの高さが分かることだろう。本アルバムは現在カタログには載っていないものの、Amazonやオークションなどで比較的容易に入手することができる。
「ホエン・オクトーバー・ゴーズ/山中千尋」
(澤野工房 CD ⇒ AS025,LP ⇒ KNLP-1009)
ニューヨークを拠点に活動を続けている日本人ピアニストの山中千尋。彼女がまだデビュー間もなかった2002年秋に吹き込んだ充実のアルバムが「ホエン・オクトーバー・ゴーズ」。ベースのラリー・グレナディア(Larry Grenadier)とドラマー、ジェフ・バラード(Jeff Ballard)を加えたトリオによる演奏で、山中はメロディックな思いを込めた美しいタッチで、曲のもつロマンティックな抒情をあますところなく描き出してゆく。
ほかにもブルックリンのハイウェイの印象を綴った<Taxi>や、変拍子を使った<S.L.S>などのオリジナルや、キース・ジャレットが阪神大震災のときに演奏した<Paint My Heart Red>など、多くの聴きどころをもつ演奏が並んでいる。
今年は山中にとってデビュー25周年の年にもあたっていて、本「ホエン・オクトーバー・ゴーズ」は、この10月9日に久しぶりにアナログLPとして復刻される。CDももちろんだが、やはりずっしりした安定感をもつ180g重量盤LPで聴いてみたい一枚。もうひとつ山中の新作としては、「Happy-Go-Lucky」(ユニバーサルミュージックUCCJ-2264)も先日リリースされたばかり。こちらも25周年のキャリアを集大成したような作品なので、ぜひ一聴をお勧めしたい。
「With My Lover Beside Me~Music by Barry Manilow, Lyrics by Johnny Mercer/Nancy Wilson」
(Columbia CK-48665)
ナンシー・ウィルソン(1937~2018)は自身のテレビ・ショウをもって、3度のグラミー賞にも輝いた経歴をもつトップ・アーティスト。ジャズの枠だけでなくソウル、アダルト・コンテンポラリー・ポップスにいたる幅広い人気をもっていた名シンガーである。
♯337で述べたように、ジョニー・マーサーの未発表になっていた歌詞にバリー・マニロウがメロディーをつけた曲ばかりを集めて1991年に制作されたのが、このアルバムだ。エモーショナルな情感を秘めながらも、しみじみとした深い解釈で聴かせる<When October Goes>は、成熟したナンシーの豊かな表現が心に染みわたる名唱。他の曲もタイトルどおりにロマンティックなナンバーばかり。バリー・マニロウ=ジョニー・マーサーのコラボレイションという渋い企画アルバムであるものの、どれもが一編の風景が浮かんでくるように、珠玉の味わいをもった作品に仕上がりをみせている。
小さい頃からさまざまな音楽に囲まれて育ち、早稲田大学モダンジャズ研究会にも所属。学生時代から音楽誌等に寄稿。トラッドからモダン、コンテンポラリーにいたるジャズだけでなく、ポップスからクラシックまで守備範囲は幅広い。CD、LPのライナー解説をはじめ「JAZZ JAPAN」「STEREO」誌などにレギュラー執筆。ビッグバンド Shiny Stockings にサックス奏者として参加。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン理事。