第百六回
オーディオ評論家の制作・選曲になるアルバム3点

2026.11.01

文/岡崎 正通

オーディオ界の評論家が制作・選曲などに携わった高品位アルバムの数々。そこには専門家ならではのセンスがはっきり現れていて、とても興味深いものがある。音楽の内容はもちろんのこと、良い音質によってオーディオの醍醐味にひたることのできる作品の中から、比較的近年にリリースされた3点をピックアップしてみた。

♯340 情家の表情が生々しく伝わってくる45回転LP盤

ボヌール/情家みえ

「ボヌール/情家みえ」
(Ultra Art Record LP ⇒ UA-1009,CD ⇒ UA-1008)

ウルトラアートは、信頼できるオーディオ評論家で惜しくも本年(2026年)初めに逝去された潮晴男氏が、麻倉怜士氏と一緒に2018年に立ち上げた高音質の音楽レーベル。その第一号アーティストに迎えられたのが、ジャズ・クラブを中心に活動して実力を伸ばしてきたシンガーの情家みえだった。2025年1月に制作された「ボヌール」は、そんな彼女のセカンド・アルバム。“情家のボーカルを高音質で残して、彼女の音楽性を広く世に紹介したい”と語っていた潮氏の思いどおり、単なるボーカル・アルバムの域を超えて、オーディオ的にも多くの聴きどころをもった興味深い作品に仕上がっている。

情家のボーカルは、スタンダード曲の持ち味を素直に押し出していて好感のもてるものだ。<ラバー・カムバック・トゥ・ミー>や<オーバー・ザ・レインボー><アルフィー>など、おなじみの作品ばかり。妙にいじり回すことなく、ストレートにメロディーを歌ってゆくところから、豊かな情感が広がってゆく。そんな彼女の歌声をサポートするバックのコンボも、ひとりひとりがオーディオ的にも存在感をはなっている。

スタジオでは192kHz/24bitのデジタル収録と、スチューダーA800を使った2インチ・テープ、24トラック・アナログ収録を敢行。まずデジタル音源をUHQ+MQA・CDとして昨年秋にリリースしたあと、今年4月にアナログ・マスターからトラックダウン~マスタリングをおこなったLPがリリースされた。LPのほうは45回転による2枚組。ふたつのフォーマットを聴き比べるのも面白いが、やはり45回転のリアリティは素晴らしいものがあって、情家の歌声が細やかな表情とともに生々しく伝わってくる。ふくよかなベースの伸びや、ドラムスのソリッドな打音の響きが、しっかりとボーカルを支えているのが手に取るようにわかるのが、このアナログ盤である。これはぜひLPで聴いていただきたい作品。天国に行ってしまった潮氏も、このLPの音質、出来栄えには思わずにっこりしていることだろう。

♯341 オーディオの快感を味わうコンピレイション作品

ヴィーナス・オーディオ・グレード・レコード・セレクションVol.2/石田善之・選

「ヴィーナス・オーディオ・グレード・レコード・セレクションVol.2/石田善之・選」
(LP ⇒ VHJD-350,SACD ⇒ VHGD-10022)

まずLPの一曲目<ジャンゴ>のテーマ部分での、引き締まったベースの豊かな響きに惹きつけられる。録音の良いことでも知られるヴィーナス・レコードの音源の中からオーディオ評論家、石田善之氏が10曲をセレクトしたコンピレイション・アルバム。演奏の良さはもとより、オーディオ的にも聴きどころを押さえたものばかりが選ばれている。

<ゴースト・イン・ジス・ハウス>で歌手のシモーネが聴かせるソフトでふくよかな表現力。同じボーカルでも弾き語りの大ベテラン、バーバラ・キャロルの<バット・ビューティフル>では、まさにバーバラが眼前にいて語りかけてくる。テナー・サックスのジェリー・ウェルダンが、太い音色とともに豊かな情感を込めたプレイで聴かせる<悲しき天使>。いっぽうイタリアのベテラン・テナー、ジャンニ・バッソは、ひと味違った温度感と音色をもっていて、このあたりの違いをリアルに楽しめるのもアルバムのポイント。そしてクラリネットのケン・ペプロフスキーが<ヌアージュ>で聴かせるロマンティックな調べ! 2025年夏にSACDが発売になったあと、秋に同内容の2枚組LPがリリースされた。石田氏がみずから“美味しい食事をとった後でも、美術館で名画を堪能した後でも何か心が洗われるような満足感があるのと同じで、良い音を聴いた後でも独特な快感が味わえる。そういう音を追求するのがボクの目指すオーディオ”と言うように、こだわり抜いた選曲とともに、ジャズ=オーディオの楽しさ、素晴らしさを満喫できる作品になっている。

♯342 抒情美がこぼれ落ちるような美しいバラッド・アルバム

For Jazz Ballad Fans Only Vol.7

「For Jazz Ballad Fans Only Vol.7」
(寺島レコード CD ⇒ TYR-1144,LP ⇒ TYLP-1144(LPは12月5日発売 ))

「Jazz Bar」をはじめ「For Jazz Vocal Fans Only」「For Jazz Audio Fans Only」など、多くのコンピレイション・シリーズを選曲・リリースしている寺島靖国氏。バラッド演奏に焦点を当てた「For Jazz Ballad Fans Only」も、これで7作目を迎えた。キャッチコピーに“美しいだけではない。物哀しさがあってこそ、バラッドは心に響く”とあるように、どこかに哀感を秘めて、抒情美がこぼれ落ちるような演奏ばかりが並ぶ。日本ではほとんど無名のプレイヤーも含まれるが、そんな演奏を耳にして“新たな発見”を感じるのも、アルバムの楽しみのひとつ。ミシェル・ルグランの名曲<ウィンドミルズ・オブ・ユア・マイント>を奏でるヘンリック・グンデ(Henrik Gunde)から、ラストの<ビューティフル・ラヴ>まで、親しみ易いものばかりがチョイスされている。マイナー・レーベルを中心に、寺島氏が“これだ!”と感じたものばかりを一曲ずつ許可をもらって制作されるシリーズだけに、各々の演奏の質感を揃えるのも重要な作業と思うが、マスタリングの妙によってバランスのとれた流れが生み出されているのも聴きどころ。そんなジャズ=オーディオの深い認識とこだわりが、名コンピレイション・シリーズと呼ばれる所以でもあるのだろう。

筆者紹介

岡崎正通

岡崎 正通

小さい頃からさまざまな音楽に囲まれて育ち、早稲田大学モダンジャズ研究会にも所属。学生時代から音楽誌等に寄稿。トラッドからモダン、コンテンポラリーにいたるジャズだけでなく、ポップスからクラシックまで守備範囲は幅広い。CD、LPのライナー解説をはじめ「JAZZ JAPAN」「STEREO」誌などにレギュラー執筆。ビッグバンド “Shiny Stockings” にサックス奏者として参加。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン理事。