第八十七回
ECMの最新作を聴く

2025.04.01

文/岡崎 正通

コンテンポラリーな空間美に満ちた響きを聴かせるECMレーベルの近作については、第57回“現代のECMを聴く”でも、いくつかの作品を紹介している。それから2年半。このレーベルから送り出される新作の数々も、どれもが“音のパレット”と呼べるような美しいものばかりである。そんなECMの最新作から3枚を紹介したい。

♯283 詩情あふれるマティアス・アイクの新作

Lullaby/Mathias Eick

「Lullaby/Mathias Eick」
(ECM-2825輸入盤)

マティアス・アイクが吹くトランペットの響きには、いかにも北欧のプレイヤーらしい豊かな詩情が漂っている。くぐもったようなトーンとともに、静謐さの中にも熱いパッションの秘められた音楽。ノルウェイ南部のHemという小さな町で育ったマティアスは、ヨーロッパで人気のあったジャガ・ジャズイスト(Jaga Jazzist)というバンドで長くプレイしたあと、2008年に「The Door」でECMからリーダー・デビューを飾った。“ロックやポップスからも大きな影響を受けている”と語り、さまざまな音楽の旅を続けてきたマティアスの、これはECMでの6作目で、2024年の初めにオスロのレインボー・スタジオで録音された。

マティアスのワン・ホーン・カルテットによる演奏はシンプルな編成だけに、現在の彼の音楽的なスタンスがくっきりと浮かび上がってくる。収められた8曲すべてがマティアスの書き下ろしになるもので、メロディックな美しさをもった作品が多い。エストニア生まれのピアニスト、クリスティアン・ランダル(Kristjan Randalu)の描き出すハーモニーが、いっそうマティアスの音を際立たせ、ベースのオーレ・モーテン・ヴォーガン(Ole Morten Vegan)とドラマー、ハンス・ハルベックモ(Hans Hulbaekmo)が流れるようなビートを送り出してゆく。ポップな親しみ易さだけでなく、どこかにノルウェイのフォーク・ミュージックを感じさせて、一編の風景画を見るように情景が広がってゆく。どこまでも優しく、温かく語りかけてくるマティアスのトランペット。とくに印象的なのが、やはりタイトル曲の<ララバイ>。大らかな歌謡性とともにソフトな哀感が心にしみわたる。スロー・テンポでない曲が含まれているものの、どれもたっぷりとメロディーが歌われるところから“バラード・アルバム”のような雰囲気をもっていて、ゆったりと時間が流れてゆく。

♯284 トップ・プレイヤーばかりによる、静謐感に満ちた音楽

テイキング・ターンズ/ヤコブ・ブロ

「テイキング・ターンズ/ヤコブ・ブロ」
(ECM⇒ユニバーサルミュージック UCCE-1214)

デンマーク生まれのギタリスト、ヤロブ・ブロを中心に、ビル・フリゼール(g)、トーマス・モーガン(b)、ジェイソン・モラン(p)など、トップ・プレイヤーばかりが一堂に会して、抒情美あふれる世界が描き出されてゆく。アルバムのリリースは2024年末であるものの、セッションがおこなわれたのは2014年で、今は亡きリー・コニッツ(as、ss)やアンドリュー・シリル(ds)も参加。ヤコブ・ブロのギターは豊かな空間性をもっていて、決して弾き過ぎることはないものの、バンド全体の流れを見つめながら絶妙にコントロールしてゆくような特別な立ち位置をキープしている。

そんなヤコブの心中を見透かすかのように、もうひとつのサウンドの軸になって深いニュアンスをもったソロを聞かせるリー・コニッツのプレイが素晴らしい。このときコニッツは86才。燃えるような情熱を秘めながらも、さりげなく淡々と抒情を表出していっている。世代を超えたプレイヤーたちをひとつのコンセプトにまとめてゆくヤコブ・ブロの、強烈な意志とリーダーシップが強く感じられる充実の一枚。

♯285 知的なサウンド探求に惹かれる、ビリー・ハートの最新作

Just/Billy Hart

「Just/Billy Hart」
(ECM-2748輸入盤)

ビリー・ハートは現在84才になるベテラン・ドラマー。60年代から第一線で活動して、ハービー・ハンコックやマッコイ・タイナーなどの大物ミュージシャンのバンドでプレイをおこなってきた。ハートはドラマーとしてだけでなく、バンドのオーガナイザーとしても卓抜したセンスをもっている。そんなハートがマーク・ターナー、イーサン・アイヴァーソン(p)、ベン・ストリート(b)を加えたカルテットを結成したのは2005年のこと。このメンバーによる「All Our Reasons」「One is The One」がECMからリリースされていて、2021年暮に吹き込まれた「Just」は、このグループによる7年ぶりの新作。

ライブでは熱っぽいプレイを繰りひろげるハートのバンドであるものの、やはりECM作品ではバランス感覚をもった、まとまりの良い音を聴かせている。このトータルなバランス感覚は、リーダーであるハートの目指す方向性にもマッチしたものなのだろう。2017年までバッド・プラス(The Bad Plus)のピアニストとして活躍したアイヴァーソンをはじめ、それぞれがリーダーのコンセプトを理解して、抑制された構築美を生み出してゆく。静謐な中にハートの叩き出すマレットが神秘的な空気を描き出す<Showdown>。不可思議な浮遊感覚をもった<Chamber Music>。そしてビル・エヴァンスの“ワルツ・フォー・デビイ”を思わせる<Billy’s Waltz>。すべての曲でハートの叩き出す細やかなドラムの音が、サウンドに多様な色合いを加えている。熱くなっても決して激情に走らないバンドのカラーは、<Aviation><Top of The Middle>やタイトル曲<Just>のようにホットなテーマをもっている曲でも変わらない。録音場所はニューヨークの“サウンド・オン・サウンド・スタジオ”。ひたむきな音の冒険を求めてゆくビリー・ハートの知的な探求心に興味をそそられる作品である。

筆者紹介

岡崎正通

岡崎 正通

小さい頃からさまざまな音楽に囲まれて育ち、早稲田大学モダンジャズ研究会にも所属。学生時代から音楽誌等に寄稿。トラッドからモダン、コンテンポラリーにいたるジャズだけでなく、ポップスからクラシックまで守備範囲は幅広い。CD、LPのライナー解説をはじめ「JAZZ JAPAN」「STEREO」誌などにレギュラー執筆。ビッグバンド “Shiny Stockings” にサックス奏者として参加。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン理事。

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