第六十二回
ビートルズ曲の秀逸なカヴァー・アルバム

2023.03.01

文/岡崎 正通

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もう半世紀以上も前にビートルズによって生み出された楽曲の数々は、いまなお多くのミュージシャンによってカヴァーされ、演奏され続けてきている。時代を超えて愛され、いまなお少しも古さを感じさせないビートルズの名曲の数々。そんなビートルズ・ミュージックの秀逸なカヴァー・アルバムを3枚挙げてみた。

♯208 豊かなインスピレイションを感じさせるメルドーのソロ・ピアノ演奏

ユア・マザー・シュッド・ノウ/ブラッド・メルドー・プレイズ・ザ・ビートルズ

「ユア・マザー・シュッド・ノウ/ブラッド・メルドー・プレイズ・ザ・ビートルズ」
(Nonesuch ワーナーミュージック WPCR-18585)

まるでクラシック曲のように優しくて美しいメロディーが、とめどなく流れ出す。これは今年(2023年)2月にリリースされたばかりの、ブラッド・メルドーのソロ・ピアノによるビートルズ作品集。ここでのメルドーはビートルズ曲から得たインスピレイションを基に、自由にメロディーを紡ぎなおしている。<イエスタデイ><ヘイ・ジュード>のような有名なビートルズ曲は含まれておらず、どちらかといえば地味な、知られざるビートルズ作品が中心。

メルドーがビートルズ作品に惹かれるのは“メロディーもハーモニーもリズムも、すべてが斬新なのに、それらが作為なく自然に流れてゆくから”なのだと語っている。ビートルズのアルバム「ラバー・ソウル」からの<恋をするなら>。「リボルバー」からの<フォー・ノー・ワン><シー・セッド、シー・セッド><ヒア・ゼア・アンド・エヴリウェア>、「マジカル・ミステリー・ツアー」からの<アイ・アム・ザ・ウォルラス><ユア・マザー・シュッド・ノウ>、そして「アビー・ロード」からの<マクスウェルズ・シルヴァー・ハンマー>と<ゴールデン・スランバー>。どれもが静謐で磨き抜かれたタッチとともに、レノン=マッカートニー・メロディーの魅力があらためて浮き彫りになってゆく。メルドーの演奏は強靭な左手のタッチが生み出す独創的なラインにも特徴があるが、そんな両手の見事なバランス感覚も、優れた録音が見事に捉えている。

♯209 若きジョージ・ベンソンが吹き込んだ「アビー・ロード」のカヴァー集

ジ・アザー・サイド・オブ・アビー・ロード/ジョージ・ベンソン

「ジ・アザー・サイド・オブ・アビー・ロード/ジョージ・ベンソン」
(CTI ユニバーサルミュージック UCCU-5930)

ビートルズの名盤「アビー・ロード」が世にリリースされたのは1969年9月末。そのカヴァーというべきジョージ・ベンソンのアルバム「ジ・アザー・サイド・オブ・アビー・ロード」は翌10月から11月初めにかけて、いち早く吹き込まれている。まだ広く名を知られた存在ではなかったものの、いかに当時のベンソンがビートルズの音楽に共感を寄せると共に、新しい時代の音楽に敏感だったかということが分かる。ビートルズ作品をとりあげて演奏したミュージシャンは星の数ほどあるとはいえ、まるごとアルバムをカヴァーするのは、よほどの思いの強さと自信がなければ出来ることではない。<ゴールデン・スランバー><オー!ダーリン><ヒア・カムズ・ザ・サン><サムシング>などでは、ベンソンがソウルフルなボーカルも披露してみせる。もとよりポップスやR&Bなども大好きなベンソンだけあって、歌唱力も一級のものをもっているが、これほどトータルな形で本格的にボーカルをフィーチュアしたのは、本アルバムが初めてのことだった。

さらに<アイ・ウォント・ユー>では、のちに彼のトレードマークになるボーカルとギターのユニゾン・プレイもカッコ良く聴かせてくれる。バックを彩るドン・セベスキーのゴージャスなアレンジも素晴らしい。輝かしいブラスやソフトな弦楽アンサンブルの響きが、いっそうスリリングにベンソンの個性を浮かび上がらせる。思えばジョージ・ベンソンというアーティストがブレイクしたのは1976年のグラミー受賞作「ブリージン」以来のことだが、その数年前にこのようにポップなアルバムが制作されていたのにも驚かされる。ビートルズの「アビー・ロード」が今なおまったく古くなっていないように、本アルバムも録音から半世紀を経ても、なお傾聴すべき一作になっている。

♯210 繊細でお洒落なマルティーノのビートルズ・ジャズ

ビートルズ・イン・ジャズ/ジョン・ディ・マルティーノ・ロマンティック・ジャズ・トリオ

「ビートルズ・イン・ジャズ/ジョン・ディ・マルティーノ・ロマンティック・ジャズ・トリオ」
(ヴィーナスレコード CD ⇒ VHCD-78198, SACD ⇒ VHGD-196)

イタリア系の血を引くピアニストでニューヨークを中心に活躍するジョン・ディ・マルティーノは、よく歌うメロディックなタッチが魅力。とくに“ロマンティック・ジャズ・トリオ”による演奏には、彼の繊細な歌心が十分に発揮されているものが多い。そんなマルティーノが演じるビートルズ・ナンバーの数々。どの曲にもさりげないアレンジがほどこされていて、それらがデリケートな感覚あふれるピアノ・トリオ表現として浮かび上がってくるのが心地良い。

しっとりとしたバラードのように綴られる<フール・オン・ザ・ヒル>、デリカシーの極みというべき<ビコーズ>。詩情あふれる<イン・マイ・ライフ>。どれもが優雅な響きとともに、あらためて“いい曲だなあ”とビートルズ・メロディーの魅力を再認識させてくれるものばかり。このアルバムが好評だったので、2年後には「ビートルズ・イン・ジャズ2」も制作された。ヴィーナスレコードの録音の良さも特筆すべきものがあって、マルティーノを支えるベースのボリス・コズロフとドラマー、ティム・ホーナーのプレイも、じつにリアルな響きで捉えられている。

筆者紹介

岡崎正通

岡崎 正通

小さい頃からさまざまな音楽に囲まれて育ち、早稲田大学モダンジャズ研究会にも所属。学生時代から音楽誌等に寄稿。トラッドからモダン、コンテンポラリーにいたるジャズだけでなく、ポップスからクラシックまで守備範囲は幅広い。CD、LPのライナー解説をはじめ「JAZZ JAPAN」「STEREO」誌などにレギュラー執筆。ビッグバンド “Shiny Stockings” にサックス奏者として参加。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン理事。