第五十二回
今年のグラミー賞受賞作から

2022.05.01

文/岡崎 正通

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音楽界で最高の栄誉ともいわれるグラミー賞。その第64回になる今年は、1月31日におこなわれる予定だったものがコロナ禍で延期になり、4月3日にラスベガス、MGMグランド・ガーデン・アリーナで授賞式がおこなわれた。そんな本年度のグラミーに輝いたいくつかのアルバムをご紹介したい。

♯178 ジョン・バティステが歌い上げる“希望”へのメッセージ

ウィー・アー/ジョン・バティステ

「ウィー・アー/ジョン・バティステ」
(Verve ⇒ ユニバーサルミュージック UCCV-1186)

シンガー、ソングライター、プロデューサー、ピアニストとして多彩な活動を繰りひろげながら確かな成果を重ねてきたジョン・バティステがリリースした「ウィー・アー」が、2022年度のグラミー“最優秀アルバム賞”に輝いた。アメリカン・ミュージックの伝統をしっかりと見据えながらR&Bやファンク、ジャズ、ヒップポップなどを自在に横断し、未来に向けて“自由”を謳い上げた「ウィー・アー」は、混迷をきわめる今日にあって“希望”へのメッセージ。10数年にわたって“ソーシャル・ミュージック”を掲げてきたバティステにとって、ひとつのマイルストーンになったヒット作品でもある。

2020年の夏に起きたジョージ・フロイドさんの不幸な死に抗議するデモ行進のテーマにもなったタイトル曲<ウィー・アー>。“僕らには未来がある。僕らは決してひとりじゃない・・”と歌われる<ウィー・アー>には、ジョンが生まれ育ったニューオルリンズのゴスペル・クワイアとマーチング・バンドも加わっている。さらにグラミーの“最優秀音楽ビデオ賞”も受賞した、ごきげんにダンサブルでファンキーな<フリーダム>をはじめ、深刻な社会問題を音楽の熱量に変えて、誰にも分かりやすく、斬新で楽しいサウンドを生み出してゆくジョン・バティステ。曲の並びを替えた上に、さらに6つのトラックを加えた「ウィー・アー~デラックス・エディション」(Verve ⇒ ユニバーサルミュージック UCCV-1190)もリリースされている。

♯179 ゴンサロ・ルバルカバのドリーム・トリオ

スカイライン/ゴンサロ・ルバルカバ~ロン・カーター~ジャック・デジョネット

「スカイライン/ゴンサロ・ルバルカバ~ロン・カーター~ジャック・デジョネット」
(5 Passion Records 5P-070)

キューバ出身のピアニスト、ゴンサロ・ルバルカバがロン・カーター(ベース)、ジャック・デジョネット(ドラムス)と一緒にトリオで録音した「スカイライン」が“最優秀ジャズ・インストゥルメンタル・アルバム賞”に選ばれた。言うまでもなくカーターとデジョネットは、ジャズの発展とともに歩んできたレジェンドというべき存在。まだ若かった頃からゴンサロは、彼らの演奏の素晴らしさを身にしみて感じてきたのだったが、偉大なベテラン・プレイヤーに寄せるゴンサロの思いは、50歳代半ばを迎えた今も変わらない。そんなゴンサロのリクエストによって生まれた“スカイライン・トリオ”。

アルバムのオープニングを飾るのはキューバン・ボレロの名曲<Lagrimas Negras>(黒い涙)で、甘くロマンティックなだけでなく、次第に奔放な展開になってゆくのがゴンサロらしいところである。ロン・カーターが自身のバンドで吹き込んだ<ジプシー><クワイエット・プレイス>や、かつてゴンサロがジャックと一緒に吹き込んだことがある<シルバー・ホロウ>、ゴンサロの旧作<シエンプレ・マリア>など、3人にとって親しみのある曲も多い。超絶テクニックや爽快なビートへの乗りはもとより、ゴンサロが深く作品に思いを寄せながらプレイしているのが聴きどころ。それは偉大なふたりに対する、彼の敬愛の気持ちの表れでもあるのだろう。いつも変化、成長を求め続けてきたゴンサロがたどり着いたドリーム・セッション。スリリングな冒険心とともに、彼の成熟した姿も感じとれるユニークで充実したトリオ作品になっている。

♯180 グラミー“最優秀長編ミュージック・フィルム賞”に輝いた映画のサントラ盤

サマー・オブ・ソウル(あるいは、革命がテレビ放映されなかった時)~オリジナル・サウンドトラック

「サマー・オブ・ソウル(あるいは、革命がテレビ放映されなかった時)~オリジナル・サウンドトラック」
(ソニーミュージック SICP-6441)

1969年8月、ロックの祭典といわれた“ウッドストック”が開かれたのと同じ頃に、ニューヨークのハーレムでブラック・パワーの祭典ともいうべき“ハーレム・カルチュラル・フェスティバル”(HCF)が開かれていた。「サマー・オブ・ソウル」は、そのHCFのドキュメント・フィルムで、今年のグラミー“最優秀長編ミュージック・フィルム賞”を獲得した。R&B、ロック、ゴスペル、ラテンなど、ジャンルを超えたパフォーマンスは毎週日曜日、ハーレムのマウント・モリス・パークで6回にわたって開かれて、聴衆の数は延べ30万人にものぼったと言われている。黒人の地位向上を求める運動が大きな盛り上がりをみせていったこの時代。

そんな頃に黒人音楽の素晴らしさをいやが上にもみせつけるようなHCFは、当時ごく一部が放映されただけで、数十時間にもわたるイベントの全容が記録されたフィルムは、半世紀近くにわたって倉庫に眠ったままになっていた。そのフィルムをもとに映画化されたのが「サマー・オブ・ソウル」で、本CDは映画のサントラ盤。このCDがグラミーをとったわけではないが、グラミー映画の興奮を伝えるには充分なものがある。メイヴィス・ステイプルズとマヘリア・ジャクソンの掛け合いによる<プレシャス・ロード、テイク・マイ・ハンド>。スライ&ファミリー・ストーンの<シング・ア・シンプル・ソング><エヴリデイ・ピープル>からニーナ・シモンの<バックラッシュ・ブルース>へと移ってゆくくだりは圧巻のひと言。50年前の音源でありながら、時代を超えて語り、訴えかけてくる熱唱、熱演の数々。モノラル録音であるのとライブということもあって、かなりラフな収録になっているものの、音楽の凄さの前にはまったく問題にならない。「サマー・オブ・ソウル」はグラミーだけでなく、アカデミー賞の長編ドキュメンタリー賞も獲得していることも追記しておこう。

筆者紹介

岡崎正通

岡崎 正通

小さい頃からさまざまな音楽に囲まれて育ち、早稲田大学モダンジャズ研究会にも所属。学生時代から音楽誌等に寄稿。トラッドからモダン、コンテンポラリーにいたるジャズだけでなく、ポップスからクラシックまで守備範囲は幅広い。CD、LPのライナー解説をはじめ「JAZZ JAPAN」「STEREO」誌などにレギュラー執筆。ビッグバンド “Shiny Stockings” にサックス奏者として参加。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン理事。