耳馴じんできた名盤を、さらに良い音で聴いてみたいと思うのは、音楽ファンならば誰もがもっている自然な欲求ではないだろうか。すでに評価の定まっている名盤の数々。日頃から聴き親しんでいるだけに、フル装備の優れた装置で聴いたらどんな感興が得られるのだろうか。オーディオ・ノート社の試聴室では、そんな気持ちにもなった。ごく当たり前になってしまっている定番的なソフトを、あらためて聴き返してみたい。もっとも定番ソフトといっても、近年はさまざまに高音質化が図られていて、ハイスペックのSACDやSHM-CD、UHQCDをはじめ、フォーマットもじつに多彩。その中から、あらためてオーディオ・ノート社試聴室で耳にしたい作品を選んでみた。
白人アルト・サックスの最高峰といわれた天才、アート・ペッパーの代表作の一枚である。録音がおこなわれたのはロサンゼルスのコンテンポラリー・スタジオで、エンジニアは名手ロイ・デュナン。マイルス・デイビスのレギュラー・コンボが西海岸へやってきたときに、バンドのリズム・セクションを借りて録音されたもので、閃き溢れるペッパーのアルトとリズム陣が醸し出すグルーヴが一体になった名盤である。加えて録音が素晴らしく、ペッパーの個性が生々しく、鮮やかにとらえられている。過去にLP、CDで何十回も再発を繰り返してきているもので、名演というだけでなく、名録音盤としてもファンに親しまれてきた作品であるのは確かだ。
それはそれとして、この録音はメンバーの楽器配置が左右のチャンネルに明快に分かれている。オープニング曲の<ユード・ビー・ソー・ナイス・トゥ・カム・ホーム・トゥ>。イントロのレッド・ガーランドのピアノは右。次いでテーマを吹くペッパーは左。ベースとドラムスも右。つまりリーダーが完全に分離されたように左に位置するのは、僕の耳にはいささか不自然にも聞こえるし、違和感もおぼえる。レコーディングがおこなわれた1956年といえばステレオ録音の初期の頃で、意図的に左右を分離させることによってステレオ効果を出すように考えられたのかもしれない。しかしジャズ演奏のリアリティは、バンドが一体になってプレイが繰りひろげられてゆくところに実在感がある。このアルバムのどこが名録音なのかと常々思っていたところに、やっと溜飲の下がるCD盤が登場した。2013年10月に国内でリリースされた プラチナSHM 盤。盤面にプラチナ反射膜を使って高音質化を図っているのはともかくとして、ポイントは左右分離のないモノラル盤であることだ。レーベルの右上方にも小さな文字で CONTEMPORARY MONAURAL の表記がある。まさにペッパーとリズム・セクションが、スピーカーの中央から一丸となって飛び出してくる快感!
このアルバムのモノラル仕様というのは、僕の知るかぎり初発売当時のLP盤だけで、これは初のモノラルCD化ということになるのではないだろうか。モノラルのほうが、じつに自然。時の流れとともにステレオ⇒高音質化が図られていった中で、あらためてモノラルの素晴らしさを発見できたというのが面白く、これまでの胸のつかえが下りたような気分にもなった。モノラル盤の良さについては、またあらためて記してみたい。
これも数あるピーターソン・トリオのアルバム中、極めつきの名演盤にして名録音盤。LP時代にB面一曲目に入っていた<ユー・ルック・グッド・トゥ・ミー>が、どれほどサウンド・チェックに使われてきたか分からない。レイ・ブラウンのベースの伸びやかな低音、弾むようなピチカット。この曲を再生することで何度興奮し、何回感嘆したか知れないが、それをアナログ・プロダクション社から2011年にリリースされた45回転2枚組のリマスターLP盤で聴いてみる。あらためてベースの重低音がどこまでも伸びてゆくのが素晴らしく、その生々しさはCDではけっして得ることのできないものではないだろうか。マスターテープ以上の音質というのは物理的にあり得ないとは思うが、これはマスターテープを超える音だと感じさてくれた一枚。
ポップス、ロック・ファンには言わずと知れたイーグルス77年の大ヒット・アルバムである。その初リリースから40年を記念して発売になったスペシャル・ボックス・セットはCD2枚、ブルーレイ・ディスク1枚に、豪華な写真集まで付いている。特記すべきは「ホテル・カリフォルニア」の ブルーレイ・ディスク盤 。といっても僕は専用のブルーレイ・オーディオ・プレイヤーを持っていないので、いつもは映像を見ているブルーレイ・プレイヤーをオーディオ装置に繋いでみたのだったが、それでも印象の違いは明白。すっきりまとまった中に、絶妙な曲構成やバランス感といったものが鮮明に現れてくる。何百回、いやそれ以上に耳にしてきた<ホテル・カリフォルニア>であるものの、バンドとしてのイーグルスのディテールの面白さのようなものをこれほど強く感じたことはなかったので、これは大きな発見になった。
小さい頃からさまざまな音楽に囲まれて育ち、早稲田大学モダンジャズ研究会にも所属。学生時代から音楽誌等に寄稿。トラッドからモダン、コンテンポラリーにいたるジャズだけでなく、ポップスからクラシックまで守備範囲は幅広い。CD、LPのライナー解説をはじめ「JAZZ JAPAN」「STEREO」誌などにレギュラー執筆。ビッグバンド Shiny Stockings にサックス奏者として参加。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン理事。