第一回
美しい音は言葉を失わせる

2018.02.01

文/岡崎 正通

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2017年の暮も押しせまった頃、「オーディオ・ノート社」の試聴室を訪ねる機会があった。ハイエンド・アンプを中心に製作している国内メーカーで、いままでは海外からの受注が多かったためか、「オーディオ・ノート」は優れた製品の割に国内での知名度という点で、いまひとつのものがあったかもしれない。

徹底したこだわりをもって手作りで生み出されるという噂のアンプ類の音を聴いてみたいという思いにそそられて、郊外の閑静な住宅地にあるオフィス兼試聴室を訪れたのだったが、そこで耳にしたのはこれまでにほとんど体験したことがなかったほど “とびきりの美音” だった。単に綺麗とか透明感というような次元のものでなく、芯がしっかりしていて情報量が多く、それでいてとても温かい音。再生芸術としての音楽にいつまでも浸っていたいと思わせてくれる豊かな音なのだ。

“美しさは言葉を失わせる” とはよく言われてきたことであるが、この音を言葉にするのは不可能で、どんなに美辞麗句を並べても言い表せるものではない。もっとも、どんなに素晴らしい装置、環境であっても、音楽を楽しむというのはソフトあってのもの。さぞオーディオ・ノートの試聴室で聴いたらいいだろうなあと思えるような、装置に負けない優秀盤を毎月、ご紹介することになった。

♯1 ハートフルな音楽的対話を味わうべき一枚

ミズーリの空高く/パット・メセニー~チャーリー・ヘイデン

「ミズーリの空高く/パット・メセニー~チャーリー・ヘイデン」
(ユニバーサルミュージック UCCU-5821)

試聴室に伺うにあたって、いくつかのソフトを持参していった。最初にプレイしたのがパット・メセニーとチャーリー・ヘイデンのデュオによる「ミズーリの空高く」。僕は自宅でアンプやケーブル、電源コード、インシュレーターなどを入れ替えたりして環境が変わったときは、まずこのアルバムをかけてサウンドをチェックすることにしている。

しなやかなパットのアコースティック・ギターの響きと、ヘイデンの豊饒なベース・トーン。そしてふたりが醸し出すハートフルな音楽的対話の空間を味わうべき一枚。もちろん大編成オーケストラの迫力や、それらの中から聞こえてくる微細音に耳を澄ます方法もあるかもしれないが、これはアコースティックな感じのシンプルなデュオで、オーディオ的にも変化がとらえやすいように思う。

ここでのヘイデンはメロディー楽器のようにベースを歌わせ、パットのギターと見事に融合しながらロマンティックな響きを描きあげる。<スパニッシュ・ラブ・ソング>での、パットの指先が見えるように弾かれるフレーズの数々。哀しいほどに美しい<ファースト・ソング>は、深く沈み込んでゆくヘイデンのベース・ソロと、パットの弦によるハーモニーの美しさを挙げたい。繰り返し聴いて浸っていたい気持ちになった。(1996年作品)

♯2 最新リマスタリングで聴く、粒だちの良いピアノ・タッチ

ノー・マンズ・ランド/エンリコ・ピエラヌンツィ

「ノー・マンズ・ランド/エンリコ・ピエラヌンツィ」
(キング・インターナショナル KKE-9001)

そしてイタリア人ピアニストのエンリコ・ピエラヌンツィが、ミラノのスタジオで吹き込んだソウルノート盤「ノー・マンズ・ランド」が新たにリマスターされてキング・インターナショナルから再発された。最新リマスターというと、どれも音が優れていると思いがちだが、考えてみればリマスターの時期が新しい分、マスターは経年しているわけで、その保管状態もまちまち。すべて最新リマスターのほうが良いとは限らないところが要注意である。

このUHQ盤はエンリコ本人と交渉。プレイヤーが納得したうえで丁寧にリマスターされていて、期待どおりの瑞々しい音。かつてジャズ・ピアノの世界ではバド・パウエル以降、ビル・エヴァンス以降という言葉が使われてきたのだったが、現代ではエンリコ以降という言い方も一般的になっているほど、彼の存在感は大きい。

カンツォーネの国の歌心と、独自の冒険的なスタンス。粒だちの良いエンリコのピアノ・タッチから抒情美がこぼれ落ちるようなトリオ演奏。最新リマスタリングの効果は絶大で、旧盤と比べて明らかな鮮度が感じられる。ほんの一皮の違いであるのかもしれないが、ハードはもちろん、ソフトにあっても、たったひと皮の違いを楽しむのはオーディオの醍醐味であり極上の贅沢だ。(1989年作品、2017年リマスター盤)

♯3 グラミーも受賞した永遠の名盤

The Thompson Fields/Maria Schneider Orchestra

「The Thompson Fields/Maria Schneider Orchestra」
(ArtistShare AS-0137 輸入盤)

今日のコンテンポラリー・ジャズ・オーケストラの最高峰、マリア・シュナイダー・オーケストラによる2016年の最新作。彼女の故郷でもあるミネソタのトーンポエムともいうべきアルバムで、精魂こめて書きあげられた美しいオリジナルの数々が、ニューヨークの錚々たるプレイヤーばかりを結集したオーケストラによって演じられる。

マイルス・デイヴィスも心酔していた名アレンジャー、ギル・エヴァンスの薫陶をうけたマリアのアレンジは、クラシックのオーケストラにも比すべき精緻なアンサンブルとともに、オーケストラの未来も示してみせている。それにしてもこれだけの強者プレイヤーを一点に引きつけてしまうマリア・シュナイダーの求心力は凄い。グラミー賞 “ベスト・ラージ・ジャズ・アンサンブル” に輝いた永遠の名盤。(2016年作品)

筆者紹介

岡崎正通

岡崎 正通

小さい頃からさまざまな音楽に囲まれて育ち、早稲田大学モダンジャズ研究会にも所属。学生時代から音楽誌等に寄稿。トラッドからモダン、コンテンポラリーにいたるジャズだけでなく、ポップスからクラシックまで守備範囲は幅広い。CD、LPのライナー解説をはじめ「JAZZ JAPAN」「STEREO」誌などにレギュラー執筆。ビッグバンド “Shiny Stockings” にサックス奏者として参加。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン理事。