第七十回
ビル・エヴァンス・トリオのメンバーへのトリビュート作品

2023.11.01

文/岡崎 正通

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ジャズのピアノ・トリオの世界に革新的な変化をもたらしていったビル・エヴァンス・トリオ。最初にトリオが編成されたのは1959年で、エヴァンス(1929.08~1980.09)以下、スコット・ラファロ(1936.04~1961.07)、ポール・モチアン(1931.03~2011.11)がメンバーだった。そんな初期のエヴァンス・トリオのメンバーに思いを寄せて制作されたアルバムの数々。エヴァンス、ラファロ、モチアンそれぞれに捧げられた3枚の作品から、あらためてエヴァンス・トリオの魅力にアプローチしてみたい。

♯232 ラファロの音楽に真正面から切り込んでゆくブロンバーグの新作

ラファロ/ブライアン・ブロンバーグ

「ラファロ/ブライアン・ブロンバーグ」
(CD KKJ-220,LP KKC-1222)

天才ベーシスト、スコット・ラファロが突然の交通事故によって25才という若さで世を去ったのは、1961年7月のことだった。エヴァンス・トリオによる名盤「ワルツ・フォー・デビー」が録音された、わずか11日後のことである。ジャズ・ベースのありようを根底から変えたといわれるラファロへの思いを込めて、現代のトップ・ベーシストであるブライアン・ブロンバーグが、エヴァンス・トリオ時代に演じられたレパートリーをとりあげて、トリビュートの気持ちを示してみせている。

往時のラファロのプレイはあまりにも鮮烈なものがあって、こういった曲を演じるのはブロンバーグにとっても安易なことでなく、相当な覚悟も必要だった。“機は熟した”と感じたブロンバーグは、ラファロの音楽をしっかり見つめ直すと同時に、ラファロの音楽に真正面から切り込んでいる。マイルス・デイビスが書いた<ブルー・イン・グリーン>に漂う深い抒情。エヴァンス・トリオの名演で知られる<マイ・フーリッシュ・ハート>や<ナルディス>。そしてラファロが書いた不可思議な<グロリアス・ステップ>と<ジェイド・ビジョンズ>。ピアニストのトム・ジンク(Tom Zink)とドラマー、チャールズ・ルッジェーロ(Charles Ruggiero)もブロンバーグのプレイに見事に同化している。ブロンバーグの作品は、すでに♯124でも紹介しているが、このアルバムもキング・レコードがベース音の悦楽を求めて送り出す“低音シリーズ”の最新作。作品はCDとLPでリリースされていて、CDには12曲、LPには6曲が収められているが、オーディオ・ファンにはLPのほうを強くお勧めしたい。

♯233 空間性が鮮やかに描き出された、モチアンへのトリビュート作

ワンス・アラウンド・ザ・ルーム~トリビュート・トゥ・ポール・モチアン/ヤコブ・ブロ、ジョー・ロヴァーノ

「ワンス・アラウンド・ザ・ルーム~トリビュート・トゥ・ポール・モチアン/ヤコブ・ブロ、ジョー・ロヴァーノ」
(ユニバーサルミュージック ECM UCCE-1197)

ポール・モチアンは、じつにユニークなドラマーだった。ドラマーというよりも、空間的な広がりをもつサウンドを究極まで推し進めた孤高の即興演奏家だったといったほうが正しいかもしれない。モチアンがエヴァンス・トリオに参加していたのは1959年から4年間ほどだったが、トリオを離れてからオープンな表現美をもつバンドを編成して、リーダーとしても精力的に活動を繰りひろげていった。そんなモチアンと80年代初めから亡くなるまで、折にふれて一緒に活動をおこなったのがテナー・サックス奏者のジョー・ロヴァーノだった。デンマーク生まれのギタリスト、ヤコブ・ブロもモチアンと共演したことがあって、モチアンから大きなインスピレイションを得たひとりである。

そんなロヴァーノとヤコブ・ブロによって2021年の秋に録音されたモチアンへのトリビュート・アルバム。3名のベーシスト、2名のドラマーを加えた異色の7人編成グループによって、モチアン譲りのアート性の強いサウンドが生み出されてゆく。シンプルなメロディーからどこまでも抒情が広がってゆくような<ソング・トゥ・アン・オールド・フレンド>。静的な中にもアヴァンギャルドな即興性が盛り込まれた<アズ・イット・シュッド・ビー><フォー・ザ・ラヴ・オブ・ポール>。7人の自由なプレイによって、モチアンの音楽のもっていた空間性が見事に描き出されている。

♯234 未発表だったエヴァンスのオリジナルを含む、イリアーヌのトリオ演奏

サムシング・フォー・ビル・エヴァンス/イリアーヌ

「サムシング・フォー・ビル・エヴァンス/イリアーヌ」
(EMIミュージック TOCJ-68076)

数多いエヴァンスへのトリビュート・アルバムの中から一枚、イリアーヌのトリオ作品を聴いてみる。彼女が2007年に心を込めて録音したビル・エヴァンス集。ビルが演奏したナンバーをセレクトしているうちに、あれも入れたい、これも入れたいという風になって、結局アルバムでは10数曲がプレイされることになった。“ジャズをプレイするようになった頃、ビルの音楽からは大きな影響を受けたものよ。ビルの美しいサウンドやハーモニーには、深く心打たれるものがあった。ビルの音楽はほんとうにロマンティックで、彼の美しいアイディアの数々は、いまも私の音楽人生の中心になっている・・”とイリアーヌ自身が語っている。

とくに興味を惹かれるのは<サムシング・フォー・ユー>と<エヴァネスク>の2曲で、これは生前にビルが作曲していたものの彼自身が吹き込むことのなかったオリジナル曲。ビルが亡くなる数週間前に、トリオの最後のベーシストだったマーク・ジョンソンに手渡しされたカセット・テープに入っていたものだという。ほかにも<ワルツ・フォー・デビー>をはじめとする数曲でイリアーヌがボーカルも披露したりと、聴きどころは多い。アルバムがリリースされてから日が経っているが、現在でもネットなどで購入できると思う。

筆者紹介

岡崎正通

岡崎 正通

小さい頃からさまざまな音楽に囲まれて育ち、早稲田大学モダンジャズ研究会にも所属。学生時代から音楽誌等に寄稿。トラッドからモダン、コンテンポラリーにいたるジャズだけでなく、ポップスからクラシックまで守備範囲は幅広い。CD、LPのライナー解説をはじめ「JAZZ JAPAN」「STEREO」誌などにレギュラー執筆。ビッグバンド “Shiny Stockings” にサックス奏者として参加。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン理事。