第六十九回
〝ジャズを作曲する〟という新しい潮流

2023.10.01

文/岡崎 正通

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“ジャズといえば即興演奏”“即興演奏といえばジャズ”と言われるほど、“即興”はジャズの大きな、そして本質的な魅力になっていた。そんな魅力を生かしつつ、ジャズ作品を作曲する“ジャズ作曲家”という新しい流れが生まれたのは、いつの頃からのことだろうか。ジャズ演奏の素材になる楽曲を作ったり、編曲をおこなう作業を超えて、まるでクラシック音楽の作曲家が自身の作品をオーケストレイションしてゆくように新しい音楽を生み出してゆく。ジャズとクラシックを融合させる試みは以前にも見られたものの、21世紀の新しい響きを創造してゆく3人の音楽家にスポットを当ててみる。

♯229 現代社会のふたつの面をテーマにしたマリア・シュナイダー、渾身の大作

Data Lords/Maria Schneider Orchestra

「Data Lords/Maria Schneider Orchestra」
(Artistshare AS-0176 輸入盤)

今日のビッグバンドの新しい潮流を生み出したマリア・シュナイダー・オーケストラによる2020年のアルバム。グラミー賞に輝いた前作「Thompson Fields」(♯3で紹介)から5年の歳月を経て完成された「Data Lords」は、データが支配する社会の中でクリエイターが抱く不信感をテーマにした渾身の大作だ。アルバムは2枚に分かれていて、1枚目の“The Degital World”ではどろどろと混濁した響きが、メカニカルなコンピューターの向こう側に迷い込んだような世界を想起させる。全体を覆いつくすダークなサウンドと、見えないものへの緊迫感。彼女によれば“デビッド・ボウイとのコラボレイションをおこなったあとにインスピレイションを得て取り組んだもので、じつにチャレンジングな試みだった”という。現実の社会で推し進められる対立、人類の危機といったものがアグレッシブな音楽性をもつアート作品として奏でられてゆく。録音されたのが4年前(2019年)ということを思えば、さらなる現代社会の分断を暗示しているようにも聴こえてくる。エレクトロニクスに侵される社会への警鐘というべき<A World Lost>。そしてタイトル曲<Data Lords>では不可思議に咆哮するブラスをバックに、電気アタッチメントをつけたトランペットとミステリアスなアルト・サックス・ソロが駆けめぐる。

いっぽう2枚目の“The Natural World”では対照的にのびやかな自然やアートに触発されるかのように、平和な安らぎに満ちた世界が描かれる。それぞれが美しいトーン・ポエムとでも呼びたくなるような6篇の楽曲。2017年の来日時に訪れた京都、大原三千院に心惹かれて書いた<Sanzenin>では、美しいハーモニーをバックにゲイリー・ヴェルサーチ(Gary Versace)のアコーディオンが詩的なソロを綴ってゆく。そして小石の入った陶器を振って楽しむ“石の囁き”にヒントを得て書かれた<Stone Song>の深遠な響き。アメリカのジャズタイム誌で2021年、評論家が選んだベスト・アルバムにも選出された聴きごたえある作品。

♯230 挾間美帆が描き出す幻想的な世界

ビヨンド・オービット/挾間美帆

「ビヨンド・オービット/挾間美帆」
(ユニバーサルミュージック UCCJ-2226)

“ジャズ作曲家”としてめざましい活動を繰りひろげてきた挾間美帆の「ダンサー・イン・ノーホエア」(♯42で紹介)に続く、m_unitによる5年ぶりの新作。数人のストリングスやフレンチホルンを加えたジャズ室内楽団ともいうべきグループが、普通のビッグバンドとは異なる細やかなニュアンスをみせながら、変化にとんだサウンドを生み出してゆく。

不可思議な抑揚感をもった<ア・モンク・イン・アセンディング・アンド・ディセンディング>。全部で3つのパートからなる<エクソプラネット組曲>は“モントレー・ジャズ・フェスティバル”の委嘱作品で、“太陽系外惑星”というタイトルそのままに、神秘性あふれる幻想的な世界が壮大なスケールで描かれる。複雑な構成をもつ作品がナチュラルな流れをもって表現されてゆくあたりも、挾間作品ならではの素晴らしさ!特別ゲストとして参加したクリスチャン・マクブライド(ベース)、エマニュエル・ウィルキンス(アルト・サックス)のソロも強い存在感をはなっている。

♯231 自然界のパワーをイメージして描かれるナチュラルな風景

SOLUNA(ソルーナ)/加藤真亜沙

「SOLUNA(ソルーナ)/加藤真亜沙」
(SOMETHIN’COOL LP ⇒ SCLP-1064 CD ⇒ SCOL-1064)

ニューヨークに住んで活動を続けている加藤真亜沙も、注目すべき新世代のコンポーザーのひとり。米ASCAP(アメリカ作曲・作詞家協会)が毎年選定している“ヤング・ジャズ・コンポーザーズ・アワード”に彼女の楽曲が選ばれるなどして、すでに大きな評価も得てきている。「SOLUNA」は「Tales from The Trees」(「アンモーンの樹」2016年)に続く彼女の新作。タイトルは“Sol”と“Luna”、つまり太陽と月を合わせたもので、作曲のエネルギー源ともいえる自然界の豊かなパワーをイメージして名付けたものだという。

数本のホーン楽器によって描き出される色彩感ゆたかなサウンド。フルートやソプラノ・サックスが効果的に使われたアンサンブルによって、さらにナチュラルな風景が広がってゆく。自身の“声”をハーモニーとして融合させてゆくのも、彼女ならではのユニークな手法と言えるだろう。<水車小屋のシルフィード>(Sylphide of The Watermill)は慶応大学ライト・ミュージック・オーケストラの依頼によって、ヤマノ・ビッグバンド・コンテストのために書かれた意欲作。アルバムは昨年秋にCDで発売になったものが、この秋にLPでもリリースされた。今回はLPのほうで、いっそう温かなハーモニーの響きを楽しんだ。

筆者紹介

岡崎正通

岡崎 正通

小さい頃からさまざまな音楽に囲まれて育ち、早稲田大学モダンジャズ研究会にも所属。学生時代から音楽誌等に寄稿。トラッドからモダン、コンテンポラリーにいたるジャズだけでなく、ポップスからクラシックまで守備範囲は幅広い。CD、LPのライナー解説をはじめ「JAZZ JAPAN」「STEREO」誌などにレギュラー執筆。ビッグバンド “Shiny Stockings” にサックス奏者として参加。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン理事。