第七十二回
音質にこだわる名盤、名演の奥深い世界

2024.01.01

文/岡崎 正通

音楽に好みがあるように、オーディオの楽しみ方もまた、人それぞれである。さまざまなフォーマットでリリースされる名演、名盤の数々。そんな中から高音質リマスタリングなどの素晴らしさ、面白さも注目される近年の再発アルバムを3点、選んでみた。

♯238 マイルスの名盤がオリジナル・モノラルで復活

マイルス・イン・ベルリン/マイルス・デイビス

「マイルス・イン・ベルリン/マイルス・デイビス」
(ソニーミュージック SICJ-30064~65)

マイルス・デイビスのクインテットが1964年秋におこなったヨーロッパ・ツアーから、ベルリン・フィルハーモニー・ホールでのステージを収めている。クラシック音楽の殿堂として、もちろんベルリン・フィルの本拠地としても知られるホールは、この前年にオープンしたばかり。それだけでなく64年は“ベルリン・ジャズ祭”が始められた年でもあって、その第一回目のステージにマイルスが登場した。この直前にバンドにテナー・サックスのウェイン・ショーターが加わってアグレッシブな志向を強めるいっぽう、緻密なコラボレイションによって未踏のサウンドが生み出されてゆく。ステージの模様はベルリンの放送局によって収録、放送されたのだったが、まだFM局がなかった時代で、演奏はAM放送の為にモノラルで収録された。

ドイツのCBSはそのテープを基にアルバム化したのだったが、折からステレオ・レコードが普及し始めた時期だった為に、音源は人工的にステレオ効果をもつように細工された、いわゆる擬似ステレオの形でリリースされたのである。当時、擬似ステレオ技術はまだ黎明期で、音源を広げることだけに注力したためか、トニー・ウィリアムスの叩くシンバルの高音ばかりがエコー気味に左チャンネルに寄せられ、ロン・カーターのベースの低音成分が右チャンネルに。肝心のマイルスやショーターも真ん中あたりをふらふら動いている。こうして作られた擬似ステレオ・テープがマスターになって、「マイルス・イン・ベルリン」はLP時代にはすべてこのような形でリリースされていた。

昨年(2023年)末にソニーミュージックから発売になった2枚組CDは、オリジナルのモノラル・マスターを使用、あえてオマケとして擬似ステレオ盤を加えていて、往時のLPの音も復元している。一曲目の<マイルストーンズ>から、クインテットは絶好調!ソロイストのバックで柔軟な変化にとむビートを送り出してゆくハービー・ハンコック(ピアノ)、ロン・カーター(ベース)、トニー・ウィリアムス(ドラムス)のリズム・セクションも壮烈。アップ・テンポで演じられる<ソー・ホワット>や<ウォーキン>。マイルス以下、5人のメンバーの丁々発止のやりとりが、この上なくスリリングである。そんな60年代半ばからの“黄金のクインテット時代”の幕開けとなるライブを、オリジナルのモノラル仕様でじっくり味わいたい。

♯239 コルトレーンの最高傑作を45回転LPで聴く

A Love Supreme(至上の愛)

「A Love Supreme(至上の愛)」
(Analogue Productions UHQR-0007-4)

モダン・テナー・サックス奏者のジョン・コルトレーンが吹き込んだ多くのアルバムの中でも、最高傑作とされる1964年録音の「至上の愛」。ジャズ史にのこる名盤中の名盤だけに、これまでさまざまなフォーマットで何回も再発されてきているが、UHQR(Ultra High Quality Record)を標榜して超高音質盤を多く世に出してきたアナログ・プロダクションズから、45回転2枚組LPという形で新たにマスタリング、プレスしたものがリリースされた。全世界で10,000枚という限定盤。

“承認~決意~追求~賛美”という4部に分かれた各々のパートが、それぞれLPレコードの片面ずつに収められている。コルトレーンのテナーの音色はもちろんのこと、マッコイ・タイナーのピアノ、ジミー・ギャリソンの重厚なベース、エルヴィン・ジョーンズの鮮烈なドラミングが、まるで目の前でプレイされているかのように鮮烈に迫ってくる。バランスとか云々する前に、その生々しさに圧倒されるリアルな音。一曲目の冒頭、一瞬テープの転写が気になるが、これもマスターテープを使っている以上は仕方ない事なのかもしれない。高価なアルバムであるが、この音質で「至上の愛」を耳にする喜びは大きい。

♯240 ゆったりと贅沢な時間が流れる名演のコンピレイション・アルバム

ジャズ、ボサ&リフレクションズ Vol.1

「ジャズ、ボサ&リフレクションズ Vol.1」
(ユニバーサルミュージックUCGU-9072)

何度も聴いて耳になじみ、親しんできた名曲・名演を、あらためてリマスターされた音源で聴き直してみる。それは趣味のオーディオとしての悦楽の世界であり、優れたマスタリングで耳にするのは至高の喜びでもある。エンジニア、プロデューサー、作曲家のオノ・セイゲン氏は、これまでにもヴァーブやブラジル・フィリップスを中心にした名盤のリマスターをおこなってきた。そんな氏が自身でリマスタリングしたものの中からSACDハイブリッド盤として選曲したコンピレイション・アルバム。

もともと録音の良さでも知られてきたオスカー・ピーターソン・トリオの<ユー・ルック・グッド・トゥ・ミー>や、ウェス・モンゴメリーの<サン・ダウン>、スタン・ゲッツ<イパネマの娘>など、どれもバランスのとれた美しいサウンドの中から、ソロイストたちのプレイが目の前に飛び出してくる。細やかなニュアンスまで再現されるバックの響きも極上。ボーカルの声の生々しさも半端ではない。そんなトラックばかりが25曲(ハイブリッド層では17曲)。自然な選曲の流れは、それぞれの風景までも描き出してオーディオ・システムのリファレンスにもぴったり。ゆったりと贅沢な時間が流れてゆく。

筆者紹介

岡崎正通

岡崎 正通

小さい頃からさまざまな音楽に囲まれて育ち、早稲田大学モダンジャズ研究会にも所属。学生時代から音楽誌等に寄稿。トラッドからモダン、コンテンポラリーにいたるジャズだけでなく、ポップスからクラシックまで守備範囲は幅広い。CD、LPのライナー解説をはじめ「JAZZ JAPAN」「STEREO」誌などにレギュラー執筆。ビッグバンド “Shiny Stockings” にサックス奏者として参加。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン理事。