第六十五回
オーディオ・ノートの
 新しい試聴室を訪ねて、何枚かのジャズ・アルバムを聴いた

2023.06.01

文/岡崎 正通

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前回、オーディオ・ノート本社の新しい試聴室(3月にオープン)で聴いたクラシック・アルバムを紹介したが、今月はジャズ・アルバムを3枚。再生装置はプリアンプが同社製G-1000で、パワーアンプはKagura2という超弩級のシステム。CDプレイヤーはエソテリックGrandiosoK1、スピーカーはB&W801D。何枚か持参していったCDの中でも、以下の3枚はジャズ特有のグルーヴがわくわくするほどに感じられ、時間を忘れて聴き入った。

♯217 ホレス・パーラン・トリオの名盤を45回転LPで聴く

アス・スリー/ホレス・パーラン・トリオ

「アス・スリー/ホレス・パーラン・トリオ」
(Bluenote ST-84037, Music Matters 509995-20291-1-0)

まずブルージーなタッチを聴かせたホレス・パーランのトリオによるブルーノートの人気盤「アス・スリー」を、2008年にミュージック・マターズがリマスタリングした45回転LPで聴いた。もちろんオリジナルLP盤の味わいは素晴らしいものがあるものの、45回転で回るLPの迫力も凄まじいものがあって、それぞれの楽器の音がスピーカーからはじけて飛び出してくるような錯覚をおぼえる。

一曲目の<US Three>の冒頭、ジョージ・タッカーの強靭なベースの音にのけぞったあと、アル・ヘアウッドのブラッシュ・ワークの、手の動きまでが見えるようなリアリティにも鳥肌が立つような感覚をおぼえた。鍵盤を叩きつけるようなダイナミックなピアノ・タッチとともに、ジョージ・タッカーの豪快なベースがトリオの推進力になって、ぐいぐい演奏を引っぱってゆく。そしてじわじわと盛り上がってくるオリジナル・ブルースの<ワディン>。ガツンとした骨太なベースの響きはブルーノートを特徴づけるものでもあるのだが、ここではいっそう重心が下がっている印象を受けた。まさに湯気が上がるような異次元の音! 同社の45回転盤のすべてに言えることなのだが、ブルーノートの作品は45回転化することによって、また新しい魅力を得たと言えるかもしれない。あらためてジャズ・オーディオの醍醐味を味わう思いがした。

♯218 新星サマラ・ジョイのグラミー受賞作

リンガー・ア・ホワイル/サマラ・ジョイ

「リンガー・アワイル/サマラ・ジョイ」
(Verve 4826649 ⇒ ユニバーサルミュージック UCCV-1194)

彗星のように現れて、2022年度のグラミー賞で“最優秀新人アーティスト”と“最優秀ジャズ・ボーカル・アルバム”に輝いたサマラ・ジョイは、まだ23才。はちきれんばかりの若さとともに、往年のエラ・フィッツジェラルドやサラ・ヴォーンを思わせる情感と節回しをもったサマラは、誰をも有無を言わさず納得させてしまう確かな表現力で聴かせてくれる。デビュー作になる「サマラ・ジョイ」(2021年)も素晴らしい作品だったが、試聴室でプレイバックしたのは昨年秋にリリースされたグラミー・アルバム「リンガー・アワイル」。タイトル曲は1920年代に書かれた古いノベルティ・ソングなのだが、サマラ・ジョイはアップ・テンポに乗せて、まるで現代の曲であるかのようにスピーディな感覚で歌っている。

どの曲からもジャジーな魅力がこれでもかと発散されてゆくのが気持ち良い。さらに特筆すべきはバラードの節回しの上手さで、<ミスティ>や<ラウンド・ミッドナイト>などの名曲を、たくみにメロディーをコントロールしながら歌ってゆく。まさにため息が出るほどの上手さ!バック・メンバーの中に気鋭のギタリスト、パスクワーレ・グラッソが参加しているのにも注目。そのグラッソだけが伴奏する<サムワン・トゥ・ウォッチ・オーバー・ミー>も聴きものだ。ジャズ・ボーカルのもっとも正統的な流れを受け継ぎながら、現代感覚あふれるセンスと揺るぎない個性で聴かせてゆくサマラ・ジョイ。アルバムの完成度はきわめて高いが、あらためて聴きながら、彼女の未来はまだまだ洋々と開けているという思いを強くした。

♯219 トリオのバランス感を見事に再現

ホイール・オブ・タイム/平倉初音

「ホイール・オブ・タイム/平倉初音」
(Days of Delight DOD-032)

いま国内でもっとも注目すべき若手ピアニストのひとり、平倉初音さんの新作を持参したのは、アルバムのもつ空気感がオーディオ・ノートの試聴室でどのように再現されるかということに興味があったからだ。ベテラン・アルト・サックス奏者の池田篤とベーシスト、井上陽介を加えたトリオで、普通のピアノ・トリオとはひと味違う編成。録音場所は芸術家の岡本太郎氏がのこした記念ミュージアムで、アトリエに宿るスピリットがトリオのプレイに微妙な影響を及ぼしているようにも思える。

とりあげられるのは有名なスタンダード・ナンバーばかりで、まず冒頭のバラード<エンブレイサブル・ユー>のしなやかさと力強さを併せもったピアノ・タッチに惹きつけられる。ピアノとベースによるデュオからスタートして、後半にサックスが加わってくるあたりの呼吸感も、じつに洒落ている。そしてトリオの見事なバランス感!平倉さんのアルバムはオリジナル曲ばかりを演奏した「Tears」もあるが、名曲を中心にセレクトした本作でも十分に存在感を発揮。そして彼女のピアノだけでなく、サックス、ベースの音も温かくリアルに再現されて、アトリエの雰囲気までをもイメージさせる響きが再生された。

筆者紹介

岡崎正通

岡崎 正通

小さい頃からさまざまな音楽に囲まれて育ち、早稲田大学モダンジャズ研究会にも所属。学生時代から音楽誌等に寄稿。トラッドからモダン、コンテンポラリーにいたるジャズだけでなく、ポップスからクラシックまで守備範囲は幅広い。CD、LPのライナー解説をはじめ「JAZZ JAPAN」「STEREO」誌などにレギュラー執筆。ビッグバンド “Shiny Stockings” にサックス奏者として参加。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン理事。