第五十九回
年の瀬に聴きたくなった
2022年のアルバム、あれこれ

2022.12.01

文/岡崎 正通

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長引くコロナの中でも多くの興味深いアルバムを耳にすることができた2022年。そんな年の瀬に、あらためて聴いてみたくなった今年のアルバム2枚と、何とサッチモの初のクリスマス・アルバムをご紹介したい。

♯199 トップ・アーティストたちによる、レナード・コーエンへのトリビュート・アルバム

ヒア・イット・イズ:トリビュート・トゥ・レナード・コーエン

「ヒア・イット・イズ:トリビュート・トゥ・レナード・コーエン」
(ユニバーサルミュージック UCCQ-1170)

偉大な吟遊詩人と呼ぶべきシンガー・ソングライター、レナード・コーエンが世を去ってから、すでに6年の月日が流れてしまったことになるが、コーエンの歌声、そして彼がのこした作品の数々は多くのアーティストたちにインスピレイションを与えるとともに、たくさんの人々に愛され、聴き継がれてきている。そんなコーエンを偲んで、今年の秋にリリースされた「ヒア・イット・イズ」は、トップ・アーティスト達12人がコーエンの曲ばかりを歌い、演奏しているトリビュート・アルバム。

真摯に人生に向き合い、生きることの尊厳や限りない人間愛を、哲学的ともいえる歌詞に託して歌い続けてきたレナード・コーエン。彼のラスト・アルバムからの<スティア・ユア・ウェイ>を歌うのはノラ・ジョーンズ。初期の名曲<スザンナ>をとりあげたのはグレゴリー・ポーター。有名な<ハレルヤ>はコーエンと同じ、カナダ出身のサラ・マクラクランが歌っている。そしてラストに収められたギタリスト、ビル・フリゼールによる<電線の鳥>。全員がコーエンの音楽を愛していて、好きで好きでたまらないといった雰囲気が良く伝わってくる。企画をまとめたのは名プロデューサーのラリー・クライン。個性的なアーティスト、シンガーばかりが集まっているにもかかわらず、全体として大きな包容と深い温かさをもったコーエンのカラーで染め上げられているのが素晴らしい。新たな指標を得て、未来へと生き続けてゆくレナード・コーエンの音楽。そんな気持ちを強く抱かせる、最高のトリビュート・アルバムになった。

♯200 マルティーノの執念ともいえる“スペース・ジャズ・オーケストラ”

ジャズ・インプレッションズ/ハリー・アレン&ジョン・ディ・マルティーノ・スペース・ジャズ・オーケストラ

「ジャズ・インプレッションズ/ハリー・アレン&ジョン・ディ・マルティーノ・スペース・ジャズ・オーケストラ」
(ヴィーナスレコード CD VHCD-1300, SACD VHGD-380)

コロナ禍でさまざまにおこなわれた新しい試みの中で、ニューヨークを中心に活躍するピアニスト、ジョン・ディ・マルティーノによる“スペース・ジャズ・オーケストラ”は、めざましい成果のひとつだと言って良いだろう。自宅のスタジオに籠りっきりになったマルティーノは、1年近くにわたってさまざまなアコースティック楽器の音をサンプリングし、コンピューターを使ってオーケストラの音を作り上げた。弦楽器やオーボエ、バス・クラリネットをはじめとする木管楽器のニュアンス溢れる響きは、ギル・エバンスのサウンドさえ想起させる。マルティーノのワン・マン・オーケストラなのだが、そのような説明を受けなければ誰もが生のオーケストラだと思ってしまうことだろう。そんな多彩な広がりをもったオーケストレイションをバックに、ハリー・アレンのテナー・サックスが美しくメロディーを歌い上げてゆく。

このプロジェクトはマルティーノが、プッチーニなどのクラシック曲から得たインスピレイションを基にオリジナルを書いてみたいと思いついたことから始まっている。アルバムのトップに置かれたのは、オペラ「トスカ」の中の名曲“星は光りぬ”のメロディーを生かした<夜空の夢>(Dreaming of The Night Sky)。文字どおり“夢見るように”美しい一作である。ミュージカル曲<ウィズ・エブリー・ブレス・アイ・テイク>では、ため息がでるほどのロマンティックな情感あふれるハリー・アレンのバラード・プレイがフィーチュアされる。ハービー・ハンコックが書いた<ジョアンナのテーマ>での、木管やハープの響きを生かしたデリカシーに満ちたアレンジにも注目したい。シンセサイザーを駆使してバックのサウンドを創作することは、これまでにもよく見られたものの、丸ごとオーケストラを手作りで創り上げただけでなく、このように見事な音楽的成果を生み出した例は、ほとんどなかったのではないだろうか。コロナ禍でのマルティーノの執念を感じさせる一作。CDで世に出たが、この秋にリリースされたSACDでは、いっそう細やかなディティールをじっくりと味わうことができた。

♯201 サッチモ初のクリスマス・アルバム

サッチモ・クリスマス~ルイ・ウィッシズ・ユー・ア・クール・ユール/ルイ・アームストロング

「サッチモ・クリスマス~ルイ・ウィッシズ・ユー・ア・クール・ユール/ルイ・アームストロング」
(ユニバーサルミュージック UCCV-1193)

ルイ・アームストロングによるクリスマス・アルバムが、2022年のウィンター・シーズンになって初めて世に登場したというのは、ちょっと意外な感じがしないでもない。サッチモことルイ・アームストロングは1957年に「Armstrong As Santa Claus」という4曲入りのEP盤をリリースしているけれども、アルバム単位ということになると、これが初のクリスマス・アルバム。

EP盤には<ホワイト・クリスマス><ニューオリンズのクリスマス><ウィンター・ワンダーランド><ハーレムのクリスマスの夜>が入っていたが、この4曲を中心にシングル盤として発売されたものや、エラ・フィッツジェラルドなどとのデュエット曲、おなじみの<この素晴らしき世界>などを加えてまとめたのが本作品。人間的な魅力あふれる温かい表情とともに、いつも人の心をなごやかにしてくれるサッチモの歌声とトランペット。それはクリスマスにも、じつにふさわしい響きをもっていて、あらためてサッチモの魅力にふれる思いがした。

筆者紹介

岡崎正通

岡崎 正通

小さい頃からさまざまな音楽に囲まれて育ち、早稲田大学モダンジャズ研究会にも所属。学生時代から音楽誌等に寄稿。トラッドからモダン、コンテンポラリーにいたるジャズだけでなく、ポップスからクラシックまで守備範囲は幅広い。CD、LPのライナー解説をはじめ「JAZZ JAPAN」「STEREO」誌などにレギュラー執筆。ビッグバンド “Shiny Stockings” にサックス奏者として参加。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン理事。