第六十三回
ウェイン・ショーターの素晴らしい業績を振り返る

2023.04.01

文/岡崎 正通

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偉大なミュージシャンが世を去るたびに“ひとつの時代が過ぎ去ってしまった”という思いを強くする。この3月2日に89才で亡くなったウェイン・ショーターは、21世紀の今日にあって間違いなくジャズ界の最高の巨人のひとりだった。ハード・バップの全盛期だった1960年代初めに颯爽とデビューを飾って以来、いつも新しいサウンドを志向しながら前向きに音楽を推し進めて、未知の響きを生み出していったウェイン・ショーター。バップからフュージョン、エレクトリック・・。時代とともにめまぐるしく変わっていった音楽界で、いつも先端にあって、変わらぬ冒険心をもち続けていたのが、ウェイン・ショーターというミュージシャンだった。サックスだけでなく、作曲家としても大きな評価を受けて、グラミー賞を何度も受賞。直近では「Live at The Detroit Jazz Festival」に含まれた“Endangered Species”が2023年グラミーの「Best Improvised Jazz Solo」に輝いたばかり。そんなウェインの多彩なキャリアの中から、時代を画した代表作3枚を選んで、彼の偉業を偲んでみたい。

♯211 情熱的なウェインのプレイが胸にせまる、若きウェインの代表作

ジュジュ +2/ウェイン・ショーター

「ジュジュ +2/ウェイン・ショーター」
(Bluenote ⇒ ユニバーサルミュージック UCCU-5692)

ウェイン・ショーターの第一線でのキャリアは、1960年代初めのジャズ・メッセンジャーズに始まり、64年秋にマイルス・デイヴィス・クインテットに抜擢されて、さらなる飛躍をとげてゆく。ブルーノートからの第2作にあたる「ジュジュ」は、マイルス・バンドに参加する直前に吹き込まれたアルバムで、ワン・ホーンで堂々と個性を押し出してゆくウェインの吹奏が大きな迫力をもってせまってくる。うねるように情熱的なフレーズを吹き上げてゆくウェイン。ハード・バップ~モードの延長にありながら、その枠だけではとらえることのできないミステリアスなウェインの宇宙観がよく現れている。

演奏される曲もすべてウェインのオリジナルで、ユニークな作曲家としての才能も存分に発揮。西アフリカに伝わる呪術をテーマにしたタイトル曲や、遅めのテンポに乗せてグルーヴが発散される<デリュージ>。思索的なバラード曲<ハウス・オブ・ジェイド>。そしてモーダルな作風がスリリングな<イエス・オア・ノー>。マッコイ・タイナー(ピアノ)、エルヴィン・ジョーンズ(ドラムス)という、当時のジョン・コルトレーン・カルテットのレギュラー・メンバーがバックを受けもっているのも興味深く、そのエルヴィンがワイルドに煽り立てて全員が熱く盛り上がってゆくのが凄い。唯一無二の世界を発展させようとしていたことがわかる演奏の数々に、いまなお大きな感銘をおぼえる若きウェインの代表作の一枚である。

♯212 ライブ演奏を中心にした、ウェザー・リポートのスリリングな名盤

8:30/ウェザー・リポート

「8:30/ウェザー・リポート」
(Sonymusic SICJ-123)

マイルス・デイヴィスのもとを離れたウェイン・ショーターが、キーボードを弾くジョー・ザヴィヌルと組んで“ウェザー・リポート”を編成したのは1971年のこと。スペイシーな広がりをもったザヴィヌルのシンセサイザーとともに、メンバーの個性が自由に交錯し、大胆な即興をはらみながらグループ表現へと昇華されてゆくのは、それまでのジャズには聴くことのできなかった創造性あふれるスリリングな瞬間でもあった。

いっぽうで“フュージョン”と呼ばれる音楽にも大きな影響をもたらしていったウェザー・リポートの音楽。「8:30」はベーシストにジャコ・パストリアスが参加していた78~79年にかけて録音されたもので、人気盤「ブラック・マーケット」のタイトル曲や「ヘヴィー・ウェザー」に含まれていた<バードランド>や<お前のしるし>がライブで演じられるほか、新たにスタジオで収録された新曲も4曲含まれる。ウェインのソプラノ・サックスとジャコのベースが鮮烈に絡み合う<ティーン・タウン>。ループ・テープを使ったベース・ソロ曲<スラング>など、他に聴きどころも多い。グラミーの「ベスト・ジャズ・フュージョン・パフォーマンス」も獲得した名盤。

♯213 未知の領域へと歩みを進めるウェインの冒険性が強く現れている一枚

ウィズアウト・ア・ネット/ウェイン・ショーター

「ウィズアウト・ア・ネット/ウェイン・ショーター」
(Bluenote ⇒ ユニバーサルミュージック UCCU-5991)

21世紀に入ってからのウェイン・ショーターがのこしたアルバムは、どれもが孤高といえる世界を描きつくしていて、ひとつひとつが珠玉の輝きを放つものばかりだった。「ウィズアウト・ア・ネット」は2011年、ウェインがカルテットを率いておこなったツアー・ステージをおさめたアルバムで、彼の冒険心が強く現れている作品。“安全ネットなしに”というアルバム・タイトルにも、予定調和を排して崖っぷちを乗り越え、未知の領域へと歩みを進めてゆくウェインの姿勢がストレートに反映されている。

彼を支えるメンバーはダニーロ・ペレス(ピアノ)、ジョン・パティトゥッチ(ベース)、ブライアン・ブレイド(ドラムス)。音楽に没入して、自身の内面から抉り出するような音を発し続けるウェインに敏感に呼応し合い、演奏は予測しがたい化学反応を起こして燃え上がる。どう展開してゆくのか分からないスリルをはらみながらコラボレイションの限界へと突き進んでゆくプレイが最高だ。さらに23分にわたる<ペガサス>には“イマニ・ウィンズ”というアンサンブルが参加するが、これもウェインの奔放な即興プレイがバックと激しいせめぎ合いをみせてゆくのが大きな聴きものになっている。

筆者紹介

岡崎正通

岡崎 正通

小さい頃からさまざまな音楽に囲まれて育ち、早稲田大学モダンジャズ研究会にも所属。学生時代から音楽誌等に寄稿。トラッドからモダン、コンテンポラリーにいたるジャズだけでなく、ポップスからクラシックまで守備範囲は幅広い。CD、LPのライナー解説をはじめ「JAZZ JAPAN」「STEREO」誌などにレギュラー執筆。ビッグバンド “Shiny Stockings” にサックス奏者として参加。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン理事。